異変が現れたのはそれから数日後のことだった。 「セレスト様! カナン様が……!」 「え?」 午前中は騎士団で訓練をしているセレストの元に慌てた様子の侍女がやってくる。 「どうしたんだ?」 「カナン様がお怪我をなさったんです!」 「……! わかった。すぐに行こう」 同僚に事情を説明して、セレストは急ぎ足でカナンの元に向かった。 「カナン様!」 カナンの部屋に着くと、ちょうど侍医が出て行くところであった。 「すみません、カナン様のお怪我は……」 「大したことはないよ。唾でもつければ治る怪我だ。いつも言ってるだろう? そのうち、お前さんが胃に穴をあける羽目に なるぞ。」 幼い頃から、主に振り回されるこの従者を見てきているこの老医師は笑いながら、セレストの肩を叩いて去っていった。 何となく、いたたまれない気がしつつ、セレストは部屋ドアをノックした。 「カナン様、失礼します」 「ああ。入ってくれ」 許しを得て、部屋に入ると、頬と手の平に絆創膏を貼ったカナンがベッドに座っていた。 「怪我をしたと聞いたんですが、どうなさったんですか」 「いや、手紙を書いていたら、風に便箋が飛ばされてな。木の枝に引っかかったから、とろうとしたら……」 「素直に抜け出そうとして、木から落ちたとおっしゃってください。何度も申し上げたはずですが……」 いつものようにお説教モードに入ろうとしたセレストをカナンは真剣な眼差しで見上げてきた。 「カナン様?」 いつもと違うか何の様子にセレストは言葉を止めると、カナンは口を開いた。 「これを見てくれないか?」 そう言って、カナンが差し出したのは小さくて丸い石だった。通し穴が開いているので、ネックレスなどのアクセサリーに 使われていたものだろう。 「僕が木から降りようと足を掛けた瞬間にこれが目の前スレスレで横ぎったんだ」 「カナン様、それは……」 あまり認めたくはないが、抜け出すことに長けているカナンとて、目許にこんな石が飛んで来たら、バランスを崩すはずだ。 「昨日、階段で足を滑らせかけた時にも落ちていた。偶然にしては出来過ぎだと思わないか?」 アクセサリーが壊れて、散らばった石の一部が落ちていたのなら、偶然ですむ話だ。だが、今回の話と重なるのであれば ……。 「それだけじゃない。最近、僕に対してあまりいい意味ではない視線がぶつけられる。それが続いていたらと思ったらこれだ」 「どうして私に黙っているんですか!」 思わず、声が荒くなってしまったが、そんなことには構ってはいられない。カナンのそんな状態に気付いてなかった従者と しての自分のふがいなさをひどく感じる。 「お前と一緒の時にはまったく感じていないんだ。お前が僕の側を離れた時から感じるしな」 「お心当たりは?」 「あるようで、ない」 「カナン様?」 セレストの言葉にカナンは重苦しそうに口を開こうとすると、コンコンとノックが響く。 「失礼するわね、カナン」 「姉上……」 バスケットを手にしたリナリアが入ってくる。 「ハイ。お見舞い。口に合うといいのだけど〜」 バスケットの中には焼きたてのカップケーキ。 「姉上、ありがとうございます」 「それはいいけど。あんまりセレストを困らせちゃ駄目よ〜?」 その言葉にカナンもセレストもかなり複雑になる。本人が天然で悪気がないのがせめてもの救いなのかもしれない。 「あら、カナン。その石……」 「え?」 出しっぱなしにしていたその石を見て、リナリアは不思議そうに首をかしげる。 「それ、どこかで見た気がするんだけど……」 「リナリア様?」 「どこで見たのかしら〜?」 小首を傾げて、記憶をたどるリナリアをカナンとセレストは息を呑んで見つめていた。 「ねぇ、あんた。あのブレスレットはどうしたの?」 同僚の言葉に彼女は残念そうに手首を見つめる。派手なアクセサリーは禁止されているが、彼女のブレスレットは袖の 下に隠れ、つくりもシンプルなものだったので、誰もとがめることはなかったのだ。 「……壊れたの。気に入っていたのんだけど」 「そうなの? 修理に出せばいいのに。綺麗な石だったんだから」 その言葉に彼女はクスリ、と笑った。それはひどく暗い笑みだった。 |
あはは……。どういう展開なんだか。笑い事じゃねぇよ……。
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