「この間に新しく入った侍女はお前に夢中らしいな」
「はぁ?!」
 不機嫌の色を含んだ主の言葉にセレストは紅茶を入れたカップとソーサーで派手な音を立ててしまった。
「結構な噂になってるから、そう慌てることもないだろうが。それとも、何か? 疚しいところがあるとか?」
「あるわけないでしょう! 私の気持ちをお疑いになられるのですか?」
 思わず、激昂したセレストにカナンは満足げに笑う。
「疑うわけがないだろう?」
「カナン様〜」
 カナンの物言いにセレストはがっくりと肩を落とす。信頼してもらえているのか、そうでないのか。複雑な心境だ。
「僕の耳に届くくらいだ。おまえにとっくに告白しているものと思っていたがな」
 本当は姉姫であるリナリアとお茶をしている時に出てきた会話にそのことが姉の口に上ったのだ。あのリナリアの
耳に届くくらいなのだから、かなり知れ渡っているのだろう。セレストの同僚がからかわないのは、ある意味彼女に
同情しているのだろう。第二王子に振り回されて、恋愛どころではないセレストのことは騎士団にいるものは誰もが
わかりきっているところなのだから。それはそれで、カナンとしては不満が残るところではあるが
『セレストは侍女たちに人気があるみたいね〜』
 のんびりとした姉の口調がまた真実味を増していて。お手製のチーズケーキの味が半分以上わからなかった。
悔しいから、セレストには言わないでいるのだけれども。
「おとなしくて、可愛らしい女性だろう? おまえが好きそうな」
「カナン様……」
 言葉に棘が混じらないように気をつけてはいるものの、それはなかなかに難しい。セレストと視線を合わせられない。
「理想は理想でしょう? それを言うなら、カナン様だって強気な美人でしょう?」
 困ったようにセレストは笑う。その表情にどこか余裕が感じられて、なんだか悔しい。大体、カナンの理想はある意味
叶った形なのだ。セレストの顔立ちはどちらかと言えば優しげで綺麗な顔立ちだ。そして、普段はとほほではあるが、
怒ったりするとなかなかに強気な態度に出てくるのだから。
(僕は可愛くなんかないんだからな……)
 時折二人で過ごす夜の時間、セレストはカナンを可愛いと言ってのけるが、冗談ではない。どこの世界に可愛いと
言われて喜ぶ男がいるのか。しかも、ああいう時の反応を。
「カナン様、どうかなさいましたか?」
「な、何でもない!」
 耳や頬が熱い。…思い出してしまえば、赤裸々に思い出してしまうもので。
「何でもないって言う割には顔が赤いですけど」
「!」
 クスリと笑うと、セレストはカナンを抱きしめた。
「セ、セレスト!」
「私が大切に思うのは、カナン様だけです。それではいけませんか?」
「いけないわけないだろう?」
 当たり前のことを言うなとばかりに見上げてくるカナンに何よりの愛しさを感じ、セレストはそっとカナンの頬に触れる。
「カナン様……」
「セレスト……」
 言葉はそれ以上は必要とせず、ゆっくりと二人の唇が重なった。最初は触れ合うだけの口付けがやがて甘さをはらんだ
深いキスになる。
「ん……」
 甘えるようにカナンが力を抜くと、それストはその身体を強く抱きしめる。昼間だとか、勤務中であるとか、葛藤は置いて
おいて。今はただこの愛しい人を感じていたいから。
「続きは今宵でよろしいですか?」
 唇が離れた途端にもたらされたその言葉にカナンは顔を真っ赤にする。
「聞くな、馬鹿者!」
「申し訳ありません」
 くすくす笑うセレストに、カナンはちょっぷをお見舞いしたことは言うまでもない。


 夜の帳が下りる頃、甘い時間が始まる。
「セレスト……! ん、っ!」
 滑らかな肌に触れる指や唇。それらは甘くカナンを呪縛する。
「カナン様……」
 熱いと息ごと耳元に囁かれる声。そんな些細なことにも反応する身体。それがカナンにはもどかしく、セレストには愛しく
感じられる。
「あっ、――!」
 大きな波のように揺れる身体。いや、揺らされているのか。熱くなる身体。それでもすがりつく手は止まらない。
「カナン様、っ……」
 同じようにセレストも熱くて。自分の中に存在するその熱さはセレストの情熱そのまま。求められていることが何よりも嬉しい。
互いの情熱のまま二人は互いを求め合った……。

ようやく、カナン様が出てきました。で、ちょっと嫉妬モード。ちょびっと裏モードです。ふふふ……。

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