それはほんの偶然から始まった。前が見えないほどに大きな荷物を抱えていた彼女とぶつかったのはルーキウス 王国騎士団近衛隊の副隊長、セレスト・アーヴィングだった。 「きゃ!」 「おっっと」 バランスを崩し、転んでしまった彼女と散乱する荷物。 「悪かったね、大丈夫かい?」 その言葉と共に差し伸べられる大きな手。 「あ、ありがとうございます」 その手に助けられて、彼女は起き上がる。 「大変な荷物だね。ぶつかったお詫びに手伝おう」 「え、そんな。セレスト様にそんなことを……」 近衛隊の副隊長であり、第二王子付の従者である彼にそんなことをさせるのは恐れ多いと言う彼女にセレストは 緩やかに首を振る。 「いいから。ほら、貸してごらん」 「は、はい……」 半分以上の荷物をセレストに運んでもらうことになった彼女は申し訳なさそうな顔をしながらも、セレストを時々横目で 見上げる。 騎士団に属する騎士たちの中でセレストは侍女たちの間でも人気が高い。若くして要職についていることもさながら、 端正な容姿と人当たりのいい穏やかな性格。心惹かれないほうが不思議だ。 「ねぇ、セレスト様って恋人がいらっしゃるの?」 「何、あんた。セレスト様狙い?」 女性同士の会話に恋の話は莫大のスパイスだ。 「そ、そんな。私……」 真っ赤になる彼女であったが、次の言葉がそれを冷めさせた。 「でも、難しいわよ。セレスト様にはカナン様がいらっしゃるものね」 「カナン様って第二王子の?」 セレストが従者として仕えている第二王子の名を出されて戸惑うしかない。王女ならともかく、王子でどうして難しいと いうのか、彼女には理解しがたかった。 「あなたはまだこの城に上がったばかりだからね」 「何よ、それ」 確かに侍女としてこの城で働くようになって間もない。侍女として、城で働きはじめるまでは王家の人物像等はそれほど 国民に知られることはない。知らなかった部分があるのは当然だ。けれど、どうしてこのような物言いをされなければなら ないのか。 「ああ、そういう意味じゃないんだわ。ま、そのうち、嫌でもわかるわ」 同僚の言葉はやはり理解できなくて、怪訝そうな顔のままであった彼女だが、数日もしないうちにその意味を痛く知る ことになってしまった。 「カナン様〜」 城内で時折耳にするセレストの声。最初はその度に耳を立て、心ときめかせていたが、聞こえて来るセレストの言葉の 大半がカナンを呼ぶものだと気付くのには時間はかからなかった。 聡明ではあるけれど、やんちゃな主君に振り回されている従者の姿は城内ではもはや当たり前過ぎる光景として、認識 されていて。確かにあれでは女性が近づく余裕はなさそうだ。 (もしも、…だったら、セレスト様は……) 募る想いに比例して、思考は染まって行く。彼女が城の図書室で一冊の本を手にしたのはそれからしばらくしてのこと だった。 |
えっと、オリキャラが出てきます。すみません。で、カナン様は次から出てきます。とりあえず、プロローグはこんな感じで……。
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