「媚薬というのは、その、いわゆる『その気になる薬』だろう? それが自分に正直になるのと、どう関係があるんだ?」
 素朴な疑問…といった表情。だからこそ、たちが悪いというべきか。
「萌流さんに『自分に正直になれる薬』だと聞いたから……。その…僕達は恋人同士だが、お前が僕に対して何か秘密とかがあったら、暴露させられるかとも思ったんだ……」
「それじゃ、自白剤じゃないですか……」
 何を目的にしていたのか、とセレストは大袈裟に溜め息をつく。
「だって、お前は僕の記憶にない小さい頃からの僕の記憶を持っているのに、僕は僕が物心ついてからのお前しか知らないんだぞ……。それは不公平だ……」
「だから、自分に正直になれる薬を用いろうとなされたんですね……」
 言ってることは可愛いし、出来るだけなら叶えてやりたい話というか、叶えてやれる範囲の話だだ。お忍びを見逃せとか、付き合えだとか言うのより可愛いものだ。しかも、‘恋人からのお願い’とオプションとついている。
「で、どうして、媚薬が『自分に正直になれる薬』なんだ? さっきも言ったが、媚薬っていうのは…その、ものの本によると、いわゆる『その気になる薬』だろう?」
「どういうものの本をお読みなんですか……」
 カナンに対して、色々とはしている立場から言えば、説得力はないけれど、小さい頃から見守り続けた従者としての身では知的好奇心を間違った方向には持っていってほしくはない。そして、変な所では何も知らない。萌流を恨みたくなるセレストである。
「なぁ、セレスト」
 答えを促すカナンにセレストは軽く溜め息をついた。
「催淫系の媚薬だからだと思います……。わざと、説明を省略されたんでしょうね……」
「催淫系…ってことは、その気になりすぎるくらいになるってこと?」
「ええ。ですから、『自分に正直になる薬』というのは、『自分の欲望に対して正直になる薬』という意味だと……」
 セレストの説明に、カナンは何とも言えない表情をしている。
(だから、言いたくなかったんだ……)
 こうなるんだったら、こっそりと捨てて置けばよかったとも思う。
「自分の欲望に対して、正直…って、その……。お前は正直じゃないのか?」
「……」
 どうして、この人は…と思ってしまう。セレストだって、聖人君子ではないし、欲望はある。互いの立場上、睦みごとは限られている。したくないのかと問われればしたいとは思う。だからと言って、こういうものを用いたら、どんなことになるか。考えるだけで怖い。
「カナン様はその…正直ですか?」
「……うん」
 ためらいがちにけれど、男らしく一言で答えてしまう。潔いといえば潔い。…けれど、それはこういうレベルの問題ではなくて。そういえば、最後の夜がすごいことになったのも、まぁ、正直な結果だと思えば…、何とも言いがたい。
「私もそれなりには正直です……」
 立場上、そう感嘆には振舞えないけれど。ことに及んでしまえば、まぁ…そういうことだ。ことに及ぶまでの葛藤だとか色々あって、カナンから誘わせる立場になる自分が情けないとも思いつつ、それはそれで仕方のないことで。
「…でも、そういう正直じゃないんですよ? 肉欲に溺れるばかりの私は嫌でしょう?」
「それは確かに……」
「多分、カナン様の嫌がることもしてしまいますよ? その…口でしてしまうとか……」
 とりあえず、具体的な例を挙げてみると、途端にカナンは口をつぐんでしまう。ある意味、切り札だろうとも思う。あれをされることはカナンはひどく嫌うのだ。
「あ、あれは恥ずかしいし。その、僕だけが追い立てられてるみたいで……。そ、それに、あれは僕が気持ちよくなるだけであって、お前の欲望を満たすわけじゃ……」
「そういう表情をなさるカナン様を見たいから、したんですよ」
 何を言ってるんだろうかと思わなくはない。けれど、ほかに説明を思いつかないのも事実で、情けない限りである。
「でも、それはカナン様を愛しいと思ってるからしたことですから。けど、この薬は違います。己の感情の思うままにカナン様を陵辱しかねませんから……。催淫系は理性が保障できないと思いますから……」
「理性で保たないと、そんなにすごいのか?」
 こういうことを子供のように素朴な疑問系で聴かれるのはどうかと思う。答えられない。
「……どうでしょうか? でも、カナン様に不快な思いや苦しい思いをさせてしまうかもしれませんから……。恋人にそんな思いをさせるのは…駄目ですよ」
「うむ……」
 納得してくれたかと思って、安堵の表情を浮かべるセレストだったが、カナンの口からはさらにとんでもない言葉が出てきた。
「じゃあ、僕が使ったら? 僕の理性がなくなったら、どうなるんだ?」
「……考えないでください!」
「いや、素朴な疑問だろう? どうせなら、一緒に理性をなくそう? そしたら、問題はないだろう?」
 とんでもないことを言ってる自覚があるのだろうか…と頭を抱えたくなる。
「じゃあ、僕一人で理性をなくしてみる」
 そう言って、水差しにあやしい薬を入れようとするカナンを必死でセレストは抑える。
「……こら、離せ!」
「あ〜。もう。今は昼ですから!」
 言い出したらきっと聞かない。どんな手段を使ってでも、この薬を使うのだろう。ならば、今はまずい。
「明日の夜になったら、お部屋に伺います。明後日は非番ですから……。その……」
「……うん」
 みなまで言わなくてもわかること。とりあえずはカナンはあやしい薬をしまいこんだ。

とりあえず、昼間からはあかん…と思いましてw カナン様、ある意味漢らしいなぁ…(遠い目)

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