小瓶の中には淡いピンクの液体。ヒライナガオでカレーを作成する際の材料調達で萌流に押し付けられた物だった。結局、使わないままに済んだので、帰国前にカナンは萌流に返そうとした。(この時、セレストはアルネストと帰国の準備に追われていたので、リグナムの許可つきでカナンは一人で行ったのだ)だが、萌流はいつものどこか夢見がちな笑顔でそれを断った。
「うふふ〜。それなら、お二人でお使いください〜」
「二人で? お言葉はありがたいのだが、僕もセレストも滅多に料理はしないから…カレーにいれることもないのだが……」
 しこうのカレーの作成だったから、今回は料理をさせてもらえたが。普段はこうはいかない。せいぜい、リナリアのお菓子造りの手伝いくらいだ。セレストも自炊をしないわけではないだろうが、カナンがその場にいることを許可するはずもない。使えないものをそのまま持ち続けるのはかえって萌流に悪い。
「あら、これはカレー専用じゃありませんよ〜」
 にこにこと語る萌流。独特のペースにいささかついていけない気がした。
「お二人だって、一緒にお茶したりすることがあるでしょう? その時に使っても構いませんよ?」
「もちろん僕はお茶を飲むが、入れたら味が変わらないか?」
 美味しいお茶に無粋なものはいれたくはない。そう主張するカナンに対し、萌流はやはり笑みを浮かべたまま。
「大丈夫ですよ〜。甘い切なさともどかしさを含んだ無味無臭ですから〜」
「よく分からないのだが……」
 無味無臭なら、カレーにいれる必要などないと思うが、いれることによって素材の味を引き出すことができる触媒のようなものかも知れないと思い、とりあえず納得してみることにした。
「自分に対して、ものすごく正直になれる薬なんですよ〜。お二人が理解を深めあうのにはぴったりです……」
「そうなのか……」
「そうなんです〜」
 萌流の力説にカナンは引き込まれてしまう。自分に正直にカナンは生きているつもりだが、セレストはそうではない。従者として、常に自省してばかりで。それはカナンにとっては物足りなくもあった。
「カレーの材料に限定されてしまわれて、お使いになられなかったのが残念ですが、お二人に使ってもらえるんでしたら、よしとしましょう」
 そう言って、萌流はカナンの手に怪しい薬を握らせた。
「うふふ〜。うちの子たちと同じくらいに幸せになってくださいね〜」
「はぁ」
 よく分からないままにカナンは頷いた。


「で、結局は返さなかったんですね」
 ヒライナガオから帰国して、しばらくは色々と忙しくて。ようやく通常の生活に戻って。いつもどおりにセレストがお茶の準備をし始めたら、カナンがいきなりあやしい薬を取り出し、自分の分とセレストの分のお茶に入れようとして、それを制したセレストがカナンに事情を問いただしたところ、以上のような会話が萌流との間になされていたという。
(俺もついていくべきだったな……)
 聡明でごむたいではあるが、世間知らずのところがあるこの第二王子は、萌流のいうところの「自分に対して、ものすごく正直になれる」という言葉の意味を理解しきっていない。睦言に関しては、本当に知識は少ないのだ。(…あまり、積極的に知られるのもどうかとも思うが)
「僕たちは互いのことを理解しあってるつもりだが、わからないところもあるから……。セレストは僕のことを小さい頃から見てるけど、僕は僕の物心ついたころのお前しか知らない。もっと、理解できたら…と思ったんだ」
「……えーと」
 行っていることはものすごく可愛いのだ。だが、あやしい薬と名づけられている時点でもう少し、おかしいと考えても欲しい。
「多分、この薬はカナン様が思っているような効果はありませんよ」
「え?! 自分に対して正直になるんじゃないのか?!」
 確かに萌えるの説明は間違ってはいないけれど。それは…まぁ、何ともいえない。あーだの、うーだのと考えあぐねていると、
「こら、ちゃんと言え」
と、ごむたいにもチョップが落ちてくる。
「あた!」
「ちゃんといわないからだ!」
 カナンの言葉にセレストは軽くため息をついて、覚悟を決めた。
「これはおそらく媚薬ですよ」
「……媚薬? って、あの……?」
「そうです」
「……」
 気まずい沈黙に包まれる。そんなカナンの手の中には小瓶がしっかりと握られていた。

あやしい薬ネタです。続き物です。カナンって、疎いとこもありそうだなぁとか思いましてw

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