『まったく、人がおとなしく番人をしているというのに……』
困ったような顔で浮かぶおぼろげな人影。いや、人というのは正確ではない。彼は亡霊であったから。
「ロイさん……?」
以前、炎のダンジョンで出会った亡霊。語られることのなかったルーシャス伝説の一幕を担った青年。ルーシャスを
かばって、命を落とし、亡霊となった今でもルーシャスの残した封印を守る番人……。
『ルー。そこの彼の言うとおりだ。いくら、お前の子孫だからといって、好きにしてもいいはずがない』
困ったようにたしなめる口調。
「黙れ……」
押し殺したような声。まるで、高ぶった感情を抑えるかのように。
「何で亡霊でもいいから、僕の前に現れなかった? 僕は待っていたのに!」
『ルー?』
突然の激昂にロイは戸惑うしかない。
『ルー、俺は……』
「わかっているさ。僕が苦しんでいたことを察して、ずっとここに留まって番人として残っていたんだろう? でも、僕は
もう一度、お前に会いたかったんだ!」
まるで、駄々をこねる子供だ。そして、どこかカナンに似た理論。やはり、血のつながりは侮れない。
「ダンジョンは表向き封鎖した。だけど、僕はあの後、何度もお前を探しに来たんだ。なのに、僕の前には姿を現さな
くって……」
聖幻獣と自分だけの力で守られてるとは思っていなかった。ダンジョン全体にロイ自身の気を感じていたから。
「僕はただお前に会いたかったんだ……」
『ルー……』
まるで泣きそうな子供の反応だ。ロイは困ったようにルーシャスを見つめる。セレストもどう反応したらいいのか困って
しまう。
『まったく、何も変わってないんだな、お前は……』
困ったような口調。けれど、どこか穏やかで。
『悪かったな、お前をそこまで思いやってやれなくて……』
即興のおとぎ話を子供たちに聞かせては、子供たちに笑顔を与えて。その裏腹で、力のない自分を悲しんでいた。
誰より近くにいて、それを知っていたはずなのに……。未練がなかったわけではない。自分に花を手向けに来てくれた
ことも知っている。だからこそ、姿を現せなかった。未来を見つめていて欲しかったから……。
「もっと早くわかれ……」
「すまなかった……」
それでも、その言葉が届いたのか、ルーシャスは
「すまなかったな、セレスト……」
「え?」
「君を困らせてみれば、僕をたしなめるためにロイが出てくるんじゃないかって思って。君を貶めてしまった。悪かったな」
「……」
何と言えばいいのか。確実にカナンの先祖だ。目的のためには手段を選ばない。そして、その目的の底にある純粋な
思い……。何故か、責める気にはなれなかった。
「この二人の前には姿を見せたのに、僕にはぜんぜん見せなかった。悔しかったよ。そこまでお前の心の負担にされてる
なんて……」
『ルー!』
ロイは頭を抱えてしまいたくなる。
「もう、いいだろう? フォンティーヌはあの二人と僕の聖幻獣が倒してくれた。未来を彼らにゆだねても……」
「ルーシャス様……」
ルーシャスは穏やかに笑って告げる。
「もしかしたら、僕たち以上の伝説を作るかもしれないよ?」
「あ、いえ……」
どう答えればいいのか。穏やかに微笑むとルーシャスはセレストの胸に頭をつけた。
「え?」
『おい、ルー?』
周囲二人の戸惑いをよそに、ルーシャスはセレストにそっと囁きかけた。
『そろそろ、カナンを返すよ。ロイに会えたしね。それと、やっぱり、意地悪もしてみたかったんだ』
「はい?」
『だって、君はあいつと同じ事を彼にしようとしたからね……。独りになる辛さってのはね、大きいんだよ? でも、本当はただ
単純なことで、僕はあいつを選べなかったから、君らの絆に妬いていたのかもしれない……』
「ルーシャス様?」
ガクン、とカナンの体がセレストに預けられる。反射的に抱きとめる。
『大丈夫、眠っているだけだから……』
「あ……」
目の前にいる幻影というよりは、精神体というのだろうか。カナンによく似た面差しを持った、長くて美しい金の髪の持ち主。
伝説の勇者の姿。
『すまなかったな、こいつのわがままにつき合わせて……』
心底申し訳なさそうな口調でロイが告げる。案外、自分たちによく似た関係だったかもしれない。恐れ多いとは思いつつ、
そんなことを考えてしまう。
「カナンに伝えて欲しい。封印獣や天使のことは気にすることはない…とね。奴らはね、カナンがそうしなくても王家の人間を
操ってでも行動を起こしただろうからね。たまたま、カナンというはねっかえりがいただけだ。でも、二人ともちゃんと僕たちの
できなかったことを果たしてくれた。ありがとう」
「わかりました」
はねっかえり発言に納得しそうになるのを何とか抑える。
「お二人はこれから……?」
『とりあえずはこいつを叱ることから始めるがな。どうなることやら』
『平和になったこの世界をしばらくは見させてもらうよ。幻獣たちとも積もる話があるし。今度こそ離れないからな、ロイ』
ルーシャスの言葉にロイは苦笑するしかない。
「あ……」
少しずつ、二人の姿が揺らいでゆく。セレストは目をそらさずにそれを見届けようと思った。
子供の言い分。でも、大切なこと。本当に会いたいたった一人の相手の大切さを書きたかったはずなのに、ルーシャス様……。