「ふぅん、よく気づいたものだ。あの城の連中の中ではお前が一番勘が鋭いようだな。それとも、この身体だからか?」
 ふわり…とマントを翻す、そんな姿も様になる。
「あなたは一体……?」
「この身体は僕の血を色濃く反映している。姿も、幻獣使いとしての力も……。その血に呼び起こされたという方が 正確かな?」
 そう告げるカナンであって、カナンでない存在。幻獣を自在に操る力。不意にセレストの脳裏にある名前が浮かぶ。
「……ルーシャス様?」
 ルーキウス王国の国父であり、伝説の勇者であり、幻獣使いの名を反射的に口にする。
「正解! 鈍いとか言われているようだが、なかなかの勘じゃないか。さすがは近衛隊副隊長…というより、従者かな?」
 不敵な顔で笑う。カナンの顔でありながら、まったく違う印象を受ける。
「一体、これは……」
「カナン、か。よくもまぁ、お膳立てしたような名前だ。僕たちが願っていた”約束の地”の名を負うとは……」
 そう呟いて、カナンの身体を利用するもの、ルーシャスは聖幻獣の背に腰掛ける。
「血は覚えてるんだよ? 遥か遠い昔々の物語の真実を。たまたま、この身体はそれを色濃く受け継いだだけ……」
 初代国王の血を色濃くうつしだすカナンの姿。もらいっ子説が流れたこともあるその姿は、肖像画でしか知らない遠い 先祖の
姿を映し出していた。かつてのこの国を救ったもう一人の勇者がそう語りもした。

「それはわかりました。ですが、カナン様のお身体はカナン様のものです。あなたがルーシャス様であろうと、好きにして いい
はずがない。今すぐ、離れてください」

「断る、といえば?」
「腕ずくでも」
 躊躇わないはずがない。セレストとて子供の頃に確かに憧れていた。そんな存在に刃を向けるなんて。だが、大切な 存在が
かかっているとなれば、話は別だ。

「おまえにやれるのか?」
「え?」
 ルーシャスの言葉にセレストは戸惑う。相変わらずの不敵な笑みを浮かべ、ルーシャスはセレストを見つめた。
「僕はお前を傷つけることはできるが、お前はできるのか? この身体は僕の身体ではなく、僕の子孫でもあるお前の
主のものだからな」
「それは……」
 答えに詰まる。だが、躊躇っていることなどできなかった。
「たとえ、あなたがルーシャス様でも、カナン様の身体を自由にしていいはずはない。カナン様を取り戻すためなら……」
「たいした忠誠心だな? さすがは騎士といったところだな。だが、初代国王に対してそれはあまりな態度だとは思わ ないのか?」
「忠誠心だけじゃない。俺にとってはその方は誰よりも大事な存在だ! だから、取り戻させてもらう!」
「そうだろうな。出なければ、手を出せるはずもないし」
 揶揄するようなその口調にセレストは紅潮する。だが、それ以上に支配した感情は怒りだ。
「俺はカナン様を誰よりも愛しい思っている。だから、触れた。あなたにそれを貶める言葉を言われる覚えはない! 
いい加減、離れてもらおうか!」
 もはや、国父を相手にしているつもりはない。大切な存在を脅かそうとする存在だ。いくら何でも、剣を抜くわけには いかない
が、セレストは騎士として体術もある程度は身に着けている。だが、顔色一つ変えずにルーシャスは言葉の
刃を投げ放つ。
「それ以上近づくと、この身体を傷つけると言ってもか?」
「……!!」
「言っておくが、本気だ」
 声も姿もカナンのものなのにもかかわらず、冷たい印象すらを感じさせる。絶対的な圧倒感。セレストが騎士としての 訓練を
受けてきたそれ以上の経験と修羅場を踏んできた勇者の持つそれ。

「……」
 沈黙だけがこの空間を支配する。時間はゆったりと重く過ぎるだけ、だ。
『ルー、あまり彼をいじめるんじゃない……』
 その空気のバランスを崩したのは不意に聞こえた声だった。セレストもルーシャスも反射的に周囲を見回した。


 ルーシャス様、怖いです……。すみません、御先祖ファンの方……。

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