夜。自室に戻ったセレストは趣味のカービングをしていた。だが、集中力が欠けていたのか、それは形にならず、ただの木片に
なる。
(何だか、カナン様の様子がおかしい……)
 不眠気味ということも気になるが、普段のカナンなら、幽霊騒動が起こった時点で目を輝かせて、幽霊退治に乗り出すはずだ。
それなのに動き出さないなんて。
(落ち着かれたというわけではない、だろうなぁ……)
 長年の付き合いである。主の好奇心が一朝一夕で消え去るはずがない。色々と考えを巡らそうとしたが、不意の闖入者が堂々
巡りの思考に陥りそうなセレストを現実に戻した。
「くぷー」
「うわっ」
 いきなり、自分の前に現れた青い塊にセレストはのけぞる。
「くぷー!」
「お前……」
 落ち着いてみると、ようやくそれがカナンの幻獣であることに思い至る。
「どうしたんだ、お前。カナン様はどうした?」
 また夜中に忍び込んできたのだろうかと、ため息をつこうとするが、幻獣は身体をばたばたさせて、何か必死な様子。
「どうした?」
「くぷー」
「うぅ……」
 魔法の分野はセレストの専門外で。まして、幻獣の知識など持ち合わせてはいない。意思の疎通は難しすぎる。
「くぷー!!」
 それでも、幻獣は短い手(?)をじたばたさせて。必死な様子は伝わる。
「カナン様に何か……? 待てよ?」
 ふと、セレストはあることに思い至る。睡眠不足ぎみのカナン。夜中に現れる幽霊は白い布を翻したという。冒険服のマント
なら、夜風に十分翻る。そして、従えている青い光。遠目から見れば、光かもしれないが、もしそれが幻獣なら……。
「カナン様!」
 途端に部屋を出て、セレストはカナンの元に向かう。こんな深夜にと思うかもしれない。いや、思ってくれるなら、それでいい。
もしも、予感が当たったのなら……。
「カナン様、失礼します!」
 緊急事態だ。ノックなどにかまっていられない。
「……」
 そこには冒険服をまとったカナンがいた。だが、奇妙な違和感。目の前にいるのは確かにカナンであるはずなのに……。
「カナン様、何ですか。そのような格好をして……」
 いつものようにたしなめようとするセレストを気にすることなくカナンはバルコニーに向かう。
「お待ちください、カナン様!」
 腕をつかんで、引きとめようとする。
「離せ、無礼者!」
「!」
 ゾクリとするほど冷たい声。思わず怯むセレストの手を払い、カナンはバルコニーから、身を翻した。
「くぷー!」
 幻獣が悲しそうに声を上げる。その声にも振り返ることなく、カナンの姿は夜の闇に溶けていった。
「どうして……?」
 あの戦いの時に、奇跡のように呼び出せたカナンの幻獣。大切に可愛がっていたはずだ。その幻獣を無視するなんて。そして、
自分を跳ね除けたか何のあの鋭い瞳。
「なぁ、カナン様の居場所がわかるか?」
「くぷー……」
 幻獣は身体全体で頷く。幻獣は呼び出した召還主に従う。造作もないことだ。セレストは躊躇いもなく、幻獣をつれて、ベランダ
から飛び降りた。


 幻獣に導かれたのは炎のダンジョンの奥底にある水の迷宮。幸い、潜水2のスキルはまだつけたままだったので、そのまま
幻獣の案内どおりに進む。懐かしさと奇妙な恥ずかしさと複雑な感情が入り混じる。
「くぷー!」
「カナン様……」
 あの最後の戦いを迎えた場所にカナンはいた。打が、その光景を見たとき、セレストは思わず、立ちすくんだ。
「あれは……?」
 それは幽玄ともいえる光景だった。幻獣を従えたカナンの姿。だが、ふとした違和感。カナンに一番懐いているはずの幻獣は
セレストから離れようとしない。幻獣は呼び出した召還主に忠実であるはずなのに。
「くぷー……」
 幻獣自身も戸惑っているようだ。
「あなたは誰なんですか?」
 思わず口をついた言葉。これは確信。そこにいるのはカナンであって、カナンでない人物だという。
「……」
 ゆらり……。彼の背後に大きく存在しているものの存在に改めて気づく。それはこの地に眠るはずの聖幻獣。
「どうして……?」
 愕然とするセレストを気にすることなく、聖幻獣はカナンに何事かを呟くと、姿を消してしまった。
「あなたはカナン様ではありませんね?」
 ふたたびのセレストの問いかけに、カナンであって、カナンでない人物はセレストに視線を移した。



 ようやく、物語が進んできました。幻獣を書くのが楽しかったです。ああ、ぷにぷに(^。^)

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