やがて、消えてしまった二人を見届けると、不意に腕の中のカナンが身じろいだ。
「ん……、セレスト?」
「カナン様?」
ゆっくりと目を開くと、ぼんやりしたまなざしでセレストを見つめる。
「ご気分はいかがですか?」
「いや、大丈夫だ……」
心配そうに声をかけるセレストにゆるりとカナンは首を振る。そして、微かに嘆息した。
「お二人は会えたんだな? 良かった」
「カナン様?」
カナンの言葉にセレストは怪訝そうな顔をする。眠っている間に身体を使われていたことを知っていたような口調だからだ。
だが、カナンはなんでもないことのように答えた。
「いくら、眠っている間に身体を使われているとはいえ、僕の身体だ。好きにさせたいとは思わなかった。でもな、伝わってきた
んだ。ルーシャス様の心が。だから、眠りに落ちている間だけは身体を預けていたんだ」
「そのような危険なことを……!」
いくら、ご先祖とはいえ、危険なことだ。
「ルーシャス様はずっとロイに会いたがっておられたんだ。でも、ロイは決してルーシャス様の前には姿を現さなかった。だから、
僕とお前を使ったんだ。僕に何かあれば、お前が動くだろうし、僕を盾に取られれば、お前は動けない。そう、踏んでな」
「……。否定はしません」
事実そうだったのだから。セレストは自分が傷つけられることには厭いはしないが、カナンを傷つけられることは耐えられない。
大切な、いとおしい存在ゆえに。
「あの時の僕の気持ちがわかったか?」
「カナン様……!」
「……悪い。冗談だ」
カナンが言うのは、世界の滅亡の危険性とセレストの命を秤にかけることを迫られた時、だ。あの時、カナンは自分を選ぼうと
した。自分を見捨てろ…と告げたセレストに強い怒りを示して。
「だが、お前がルーシャス様に啖呵を切ったときはびっくりしたぞ?」
「ね、眠ってらしたんじゃないんですか?」
「お前がいるのに、眠りに身を任せてどうする…というより、ルーシャス様が意識を起こしてくださったみたいでな」
真っ赤になって慌てふためくセレストに対し、あっけらかんと言ってのけるカナン。変わらないご無体さにやはりため息をつくしか
ない。
「……僕は嬉しいと思ったんだぞ? 野暮なことを言うな」
「……わかりました」
しぶしぶ納得することにする。何よりこの腕の中の存在を失わずに済んだのだ。セレストはカナンを抱きしめる腕に力を込める。
「ちょっと、苦しいぞ!」
「仕返しです!」
抗議の声にもセレストの反論。ならば、とる手は一つだ。カナンもまたセレストに強く抱きついてしまう。わずかに慌てた様子の
従者はそれでも抱きしめる手を放そうとしない。もちろん、花させはしないのだが。
「仕返しの仕返しだ」
と、強く宣言して。互いの気持ちを確かめ合ったあの時のように強く抱きしめあう。
「僕から、離れるな。僕を離すな……。僕の側にいろ……」
「言われなくても。この腕を、カナン様を放しません。ずっとお側にいます……」
伝説の勇者たちのようにはまだ強くはないけれど。互いを思う気持ちなら、負けはしない。この腕の中のぬくもりと存在が何より
大事なのだと、わかっているから。
「あなたのパートナーとして、ずっとお側にいることをお許し願いますか?」
従者として…ではないと、暗に告げるその言葉。
「許すも許さないも、離れるなといった意味がわからないか?」
「いえ……」
それはある意味、尊大にも聞こえるけれど、カナンが言うと甘い響きになる。セレストは穏やかに微笑んでカナンに口付けを
落とした。そうして、互いの存在を確かめ合う。このぬくもりだけが、二人にはすべてなのだから……。
『あの王子は昔のお前に似てるな……』
『そりゃ、子孫だからね。どこかお前にも似てるかもしれないな。でも、さ。彼らは彼らだよ。ロイ。彼らの物語はこれから紡がれる
んだから。僕とお前のように、な……』
『そうだな……』
かつての勇者たちの会話はもう二人の耳には届かない。けれど、二人を見守る眼差しはとても優しく、暖かい。それはかつての
自分たちの姿を重ね合わせているのか、そうではないのか……。二人にしか、答えはわからない。
いつか、夢を抱いた少年が旅立つ。その傍らには小さな幻獣と同じ色の髪を持ったパートナーを従えて。やがて、二人が紡ぐ
物語は彼らだけの未来と希望に満ち溢れることになる。かつての勇者たちのように、誰かの夢へと還りついて……。そして、夢は
つながれてゆく……。
はぁ、ようやく完結しました。連載にするほどの内容か…と思われたのなら、ごめんなさい。私の文章不足です。とにかく、ロイに
会いたくてたまらないルーシャス様を書きたかったんですね。で、高飛車に振舞う姿も。それはセレストを試してもいたんですけどね。
すまんな、セレスト。
タイトルの元ネタは10年以上前に出された某作品のイメージアルバムの曲からです。わかる人、いるかなぁ……。