どこか鋭い響きの声に一瞬だけ、二人の少女は身を竦める。だが、レイチェルはすぐに毅然とした態度に戻る。
「な、何よ。そんな目で見られても、ワタシ、怖くないんだから! 元々はアナタがアンジェをたぶらかしたりするからでしょ……」
あくまでも、レイチェルの視点から見た話。アンジェリークはバイト先でもナンパされることが多いが、いつもきっぱりと断っている。
そんな身持ちの固い彼女が、どう見ても遊び人タイプのアリオスと付き合ってることなど考えられないのだ。
ある意味、レイチェルのの洞察力は正しい。二人は本当の恋人同士ではないのだから。だが、その洞察力も頭に血が上っている
状態では無意味に等しかった。それをわかりきっているアリオスはどう言えば、レイチェルが反応するか、計算できる。
「生憎、恋愛ってのは共同責任だ。どっちかが悪いとかそう言う問題じゃねえ」
「悪いわよ! ワタシから、アンジェを取り上げるんだから! アンジェ、ワタシはこんな人、認めないからね! 考え直してよ。私、
本当に学校とかはどうでもいいんだよ。勉強なんかはいつだって、どこででもできるんだもの」
それは正論だとアリオスは内心でうなずいてやる。アンジェリークが下手に動かなくても、当の本人にやる気さえあれば、いいの
だから。
要はアンジェリークのプライドの問題である。レイチェルの負担になりたくないから、離れる。ただ、それだけのこと。そして、自分の
身体一つで稼ぐ決意をしただけのことなのだから。決めるのは結局当の本人なのだ。本人が決めた意志を変えられるのは、本人で
しかない。
天才少女と呼ばれていると言われているらしいが、それを気づかない辺り、レイチェルはまだ子供なのだ。そして、そんな子供を
自分の手の平の上で動かす術をアリオスは知っている。
「……どう言っても、無駄なようだな」
今のレイチェルは完全に頭に血がのぼりきっている。激しい性格なのだろう。こうなると、誰が何と言おうと、止められるはずがない
。ならば、手は一つだ。
「アリオス?」
突然、口をつけていないままの水が入ったコップを持ったまま立ち上がる。何をするのかと見上げると……。
パシャン! 次の瞬間にはレイチェルは水浸しになっていた。頭から、もろにコップの水をぶち撒けられたのだ。
「何するのよ!」
当然、激昂するレイチェルにアリオスの眼差しは冷ややかなもの。
「少しは頭が冷えるかと思ったんだが。水を無駄にしただけのようだ頭がいいって、こいつから、聞いていたんだが、知識だけのよう
だしな。ちょっとは冷静に考えてみたらどうだ?」
「何をよ?!」
あくまでも、レイチェルを突き放し、冷静さを奪う。そして……。
「こいつはおまえより、俺を選んだんだ。それを認めろよ」
「嘘よ!」
女同士の友情とやらを揺さぶるのは、それほど難しいことではない。相手から、冷静さを奪ってしまえば簡単にできること。
「嘘じゃねぇから、今、こうしてここにいるんだろうが。俺は今すぐにでも来いっていったんだがな。お前に一言は言っときたいって、
こいつが言ったから、わざわざここにいてやってるんだ」
挑発するように尊大な態度。もとより、こんな子供相手に丁寧な態度を取るつもりもないのだが。
「ねぇ、アンジェ、何か言ってよ!」
レイチェルの視線が突き刺さるようで痛い。自分に自信を持って、いつも行動しているが、本当は寂しがりやの部分を持っている。
自分の行動はある意味、この親友を見捨ててしまうもの。だが、今、これを振り払えないと、本当のことを知られてしまう。それだけは
嫌だった。
「ごめん、レイチェル……」
押し殺すような言葉と共にうつむいてしまう。それはレイチェルを誤解させるのに十分だった。
「ワタシを独りにするの……?」
「……」
もうそれ以上はレイチェルの顔は見られなくて。ただ、うつむくだけ。
二人の様子を黙って見ていたアリオスは煙草を灰皿に押しつけると、強引にアンジェリークの手を掴む。
「行くぞ。今日から、俺の部屋に来るんだろ?」
「あ、うん」
荷物はほとんど持ってはいない。身一つで来ればいい、必要なものは全部用意させるから…と、チャーリーは言ってくれたから。
レイチェルに気づかれないうちに、売れるものは売ったり、そうでないものは処分したり…と。今はもう、レイチェルと過ごした家には
ほとんどアンジェリークの私物はない状態。
「じゃあ、行くぞ。いつまでも、ガキの相手なんざしてられるか」
そうい言って立ち上がると、アリオスは高額紙幣をポンと投げつけるようにテーブルに置く。
「ここの金は払っといてやるよ。それはクリーニング代にとっときな」
「……」
悔しげに身体を震わせ、唇を噛んでいる。きつい視線でにらまれる。それがとげとなって、アンジェリークの胸に突き刺さる。
「もう、アナタなんか知らない! どこにでも行っちゃえばいいのよ!」
立ち去る背中越しのその言葉に心が軋むのを感じながら、アンジェリークはアリオスと共に店を出た。
「すみません、嫌なことに付き合わせて……」
「いや、女同士のシュラバとやらもなかなか楽しめたぜ?」
「そう…ですか」
何を言われようとも、アリオスとはチャーリーの元に行くまでの関係だ。気にすることはない、そう自分に言い聞かせる。
チャーリーのいる事務所までの間、ひたすらに流れる沈黙。時間の流れすら、ゆっくりと感じられた……。
うわぁ、アリオス、ひどい……。まぁ、これがこの話の売りだもんね〜。
|| <絶対的関係> || <4> || <6> ||