薄汚れた雑居ビルの中に、青年は入ってゆく。銀色の髪に緑の瞳を持つ青年の表情は一見冷たい印象を与えている。
「……」
 年季が入ったドアをノックもせずに青年が入ると、明るい声が迎え入れた。
「よう、悪いな。呼び出して」
「悪いと思うなら、呼び出すんじゃねぇよ」
 横柄な態度の青年に対して、にこやかに対応する部屋の主。一見、人好きのする笑顔。だが、その瞳には冷たい光が宿っている。
もっとも、それを隠すための笑顔である。気づく人間は少ない。

「久しぶりやな。どないしてる?」
「久しぶりって…旧交を暖めている場合じゃねぇだろ。何のために俺を呼びやがった。用件があるなら、とっとと言いやがれ」
「相変わらずやな。お前さんも」
 大げさに方を竦め、部屋の主はため息をつく。
「悪い。野暮用を頼まれたほしいんや」
「野暮用?」
「ああ。一人、磨けば上玉になる娘がおるんやけど。その子を迎えに行ってほしいんや」
「ウォングループの次期総裁、御自らがまだ人買いをやってんのかよ」
「生憎。世の中、綺麗ごとだけじゃやっていけんからな。必要とされるから、成り立つんや。違うか?」
 そう言って、彼はニヤリ…と笑う。彼の名はチャールズ・ウォン。通称チャーリー。世界で五指に入る大財閥ウォングループの
御曹司である。

「こっちの世界も知る必要もあるしな。『若いうちの苦労は買い』って言うやろ?」
「何言ってやがる。好きでやってるように見えるぜ 本業よりも生き生きしてやがる」
「あ、わかる?」
 アリオスの指摘にチャーリーはペロッと舌を出す。綺麗ごとばかりで成り立つ普通の暮し。だが、光が強ければ、影もまた濃くなる
ように、裏通りの更に暗い世界はそうやって成り立っているのだ。

「ま、正直な話。綺麗ごとだけじゃ、企業は成り立たん。裏の世界も知っといて、損はないんや」
「なるほど」
 言われなくても分かり切った話。裏の仕事を蔑む人間が多いとしても、けっしてそれがなくならないのは、何処かでそれを必要と
されるから。そうでなければ、消えてなくなっているのだ。

「ま、その件は置いといて。話、戻すわ。そのコな、俺は結構気にいっとる。店に置かんと、俺の手元に置いといてもええかな…とも
思うとるくらいやし」

「そんなに上玉か?」
「顔つきとか、身体とかやなくてな。瞳がな。まっすぐで強くて、綺麗なんよ。意思の輝きが出てるって感じで。頭も悪ないしな」
「……で、なんで俺が?」
 そういう斡旋なら、迎えの者をやればいいだけの話である。わざわざ自分が行かなくても…それがアリオスの本音である。
「そこや。その子には幼なじみの同居人の女の子がおってな。反対されるのがわかってるから、恋人の振りをして連れ出してほしい
って言うてな……」

「借金のカタとかではないんだな」
 大抵、身売りをする娘は借金を返せないというパターンだ。
「まぁな。そのコ、両親が早うに亡くなって、親友ッて子の親に引き取られたんやって。姉妹みたいに育ったんやけど、今度はその
子の親が亡くなってな。生活していくだけやったら、何でも出来る…そのコはそう言った。身体売る以外の事はなんでもやった…っ
てな。ま、俺もその関係でそのコのこと、知ったんやけど」

「……で、どうしても身体を売る状況に陥ったという事か」
「親友ってコ、めちゃめちゃ頭がええんやて。まだ、十五、六やけど、飛び級で大学にも入れる頭もあるらしいわ。当然、奨学金取る
ことも出来る。けど、それをしようとせんと、自分も働くって
言い出した。そやから、親友から離れて、自分の道を歩かせたいから…
言うてな」

「御立派な自己犠牲であらせられるこったな」
 皮肉げなアリオスの口調にチャーリーも苦笑する。
「俺もそれ言うたわ。そしたらな、ひっぱたかれて。『私が自分で決めた事よ。ちゃんと考えて出した結論をそんな風に軽く言わないで』
ってな。その瞳がむっちゃ綺麗でな。気にいったんもそこらへんからや」

「お前に殴られる趣味があったとは…な。なんなら、俺もやってやろうか?」
「遠慮しとくわ。『これはビジネスなんでしょ?』とも言うてた。純粋で綺麗で強いコや。思うたな。磨けば光る。他のやつにやるくらい
やったら、俺が買うてもええ、てな」

 思い出して笑うチャーリー。純粋に気に入ってるようだ。
「そういうわけや。お前は店の連中と違って、顔は知られてないし。礼はする。いい酒が手に入ったんや。それにお前やったら、あの
コの出した条件に合うしな」

「条件?」
「…て言うか、頼みやな。ま、細かい事は気にせんと」
 そう意いながら、チャーリーは懐から写真を取り出す。映っているのは栗色の髪と翡翠の瞳をした少女。顔立ちは綺麗と言うより、
可愛い系。

「このコや。名前はアンジェリーク・コレット。年は17歳」
「アンジェリーク、天使の名前か……」
 ク…とアリオスは笑う。そういうことに身を落とす少女の名が天使の名前とは。まぁ、親もそうなる事を考えて名づけたわけではないだろうが。
「わかった。ひきうけてやるよ。これは貸し…だからな」
「おおきに。じゃ、明日の午後12時に駅前の時計台に行ってくれ」
「ああ。わかった」
 写真を無造作にポケットにしまうと、アリオスは部屋を出ていった。パタン…と扉が閉まると、部屋にはチャーリー一人が残される。
「ま、あいつなら、あのコの言ってた条件に当たるやろ」
 一服しながら、クスクス笑いだす。午後の時間はとりあえず、緩やかに流れてゆく。明日と言う日が来るために……。

 

どうして、私はパラレルだと特に勝気っぷりに磨きがかかるんだろう……。そういうわけで、始まったお話です。ちょっとチャーリーが
妖しい感じで書いてて楽しかったです。

|| <絶対的関係
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