Together
その日は朝から雨が降っていた。
「嫌だな……」
窓の外を見て、アンジェリークは溜め息を吐く。夕方の天気予報では天気はさらに悪くなり、大雨注意報、雷注意報が出て
いた。注意報が出ると言うことは…その可能性があると言うこと。
「怖く…ないもん……」
ギュッとペンダントトップにした指輪を握り締める。アリオスにもらった大切な指輪。ずっと傍に居るための大切な鍵。左手の
薬指にはめるのにはまだ高校生という身分上、躊躇いがあって、できなくて。そう告げたら、アリオスは待つと言ってくれた。
「今日は遅くならないといいのに……」
開業医という立場上、閉める寸前に駆け込んできた急患を診ないわけにもいかず、帰りが遅くなることもしばしばなのだ。
「あんまり…ひどくならないでよ……」
窓の外に向かって呟くと、アンジェリークは夕食の準備を始めた。
「今日は雨がひどいみたいですね」
朝から降り続けている雨はさらにひどくなっていて。今日は患者も少ない。
「今日は早く切り上げるか……」
「急患が来たらどうする? あいつらは雨の日でも来るぞ」
カーフェイの言うあいつらとは、ウォルターとゲルハルトのこと。ウォルターは週に一度は必ず怪我をして、この病院にやって
くるのだ。
「俺は残るぜ。あいつらの面倒を見れるのは俺しかいないだろうが」
「あ…僕も平気。ルノーとショナは早めに帰った方がいいよ。受付なら、僕らでもできるし。ね、ユージィン」
子供二人は危ない…と言うわけである。ルノーのことにユージィンの保護欲がそそられないはずがなくて。
「……そうですね。先生」
言うまでもなく、アリオスは二人を帰らせることにしていたわけ。
「じゃあ…私が途中まで送っていきます」
「せ、先生。すみません……」
「じゃあ…失礼します」
出ていった三人を見送ると、ジョヴァンニがアリオスを振り返る。
「先生、もう一人の子供はいいの?」
「何?」
「アンジェのこと」
「……」
ニヤニヤと自分を見つめるジョヴァンニの視線にアリオスは眉をしかめる。なんせ、色々と二人の間にあった騒動をこの病院の
メンバーは見てきたわけである。からかうネタがあれば、利用しない手はない…と言うわけである。
「あいつは殺しても死なんだろうが……」
「あは、カーフェイ、言えてる……」
キャハハ…と笑い出すジョヴァンニ。
ガタン! 医学書を机の上に叩き付ける。
「……」
「口が過ぎるぞ、二人とも」
そう言って、二人を一瞥すると、次の患者のカルテに目を通す。
(はいはい……)
ジョヴァンニとカーフェイは顔を見合わせて、笑いあった。
午後八時。診療が終わる時間。だが、この雨のため、開店休業状態だったので片づけもすでに終わっていて。明日の準備を
終えると、帰り支度を始める。
「じゃ、先生。さよなら」
「私も失礼します」
「じゃ…俺も」
「ああ…気をつけて帰れよ」
外の雨はさらにひどくなっていたので、呼んでおいたタクシーは時間通りに来たので、三人が帰ってゆく。
「仕事が終わるまで持ったようだな……」
密かに聞いていたニュースで出ていた雷警報。アンジェリークが心配だったが、杞憂にすみそうだ。ほっと、溜め息を吐いた
アリオスであった。
その頃、アンジェリークはと言うと……。
チャプン…水音が浴室に響く。今のところ、雷は鳴っていない。こうして暖かいお湯につかると、とりあえずは落ち着く。
「アリオス…早く帰ってこないかなぁ……」
呟いて、溜め息を吐く。いつまでも、こうしてお湯に使っているわけにもいかない。アリオスが戻ってきたら、すぐに夕飯を食べ
られるように、してあげなければ。
「あがろ……」
そう呟いた瞬間、浴室の窓から鮮やかな閃光。そして…響く号音。
「キャーッッ!」
咄嗟に浴室の床にしゃがみこむ。
「や…やだ……」
ガタガタと身体が震える。音がしなくなったのを見計らって、立ち上がろうとすると、また号音が轟いて。
「あ……」
足に力が入らないことに気づき、アンジェリークは愕然とする。ここは浴室で。当然、神経を落ち着けるもの、アリオスの匂いが
するものは何一つない。
「ゆ…指輪……」
脱衣所に置いた指輪のことを思い出す。あれがあれば……。けれど、足に力が入らない状態ではどうしようもなくて。
さらにアンジェリークを追いつめるかのように……。
フ…と、突然に消える浴室の明かり。さきほどの雷で停電に陥ったらしい。
「あ……」
身体がさらに震える。とてつもない恐怖に指一本、声一つ出せなくて。唯一の光源は空に一閃する雷という状況の中…アンジェ
リークはただ涙をこぼすことしかできなかった。
「おい…嘘だろ?」
雷が鳴ったかと思えば、停電に陥って。医院の方には非常用の自家発電気があるので、自動的に切り替わるが、自宅の方は
違う。
「アンジェ……」
ライターの火を光源にアリオスはまず懐中電灯を探す。そして…自宅の方に向かった。