穏やかな昼下がり。いつものようにセレストはおやつを持って、カナンの元に参上する。だが、カナンが部屋にいるとは限らない
のが世の無常というもので。
「いらっしゃらない……」
 もぬけのからの部屋にセレストは脱力するが、めげてはいられない。
「まったく、あの方は……」
 溜息をつきながら、主を探す従者の姿はもはやこの城にとっては日常的な光景。時折、聡明な兄王子が申し訳なさそうに労いの
言葉をかけたり、姉王女がおっとりと見送るのもまた日常の光景で。
「カナン様〜」
 気がつけば、裏庭の方まで来ていた。ここにいなければ、城下と言うことになる。
「まったくカナン様は……」
「くぷー!」
「?!」
 独り言に返って来るのは聞き覚えのある脳天気な声。
「カナン様?!」
 奥まった場所に足を踏み入れると、そこにはちょこんと座り込んでいカナンとふよふよと彼の周りを飛び回る幻獣の姿。
「何をなさってるんですか?」
 思わず口に出たのはそんな言葉。簡単に幻獣を召喚するなとか、むやみに部屋を抜け出すなとか、言いたいことはたくさんある
はずなのに。
「隠れんぼだ」
「隠れんぼ、ですか……?」
 満面の笑顔で答えるカナンにセレストは微苦笑しつつ、セレストは問う。
「お一人でですか?」
「一人じゃないぞ。こいつがいるからな」
 カナンの言葉に反応するようにくぷーと幻獣が声を上げる。
「今日はくまさんじゃないんですね」
「!」
 反射的に顔を上げると、穏やかに微笑むセレストと視線が重なる。
「どうかなさいましたか、カナン様?」
「おまえ……」
 判っていて言っているのか、そうでないのか。けれど、セレストがカナンに向ける笑顔は何一つ変わっていない。
「私も…と言いたいところですけど、私は今、仕事中ですから、無理ですね」
「なんだ、融通がきかない奴だな……」
「無茶を言わないでください。さ、カナン様……」
 スッと差し延べられるセレストの手。
「セレスト……」
「今日のおやつは焼きたてのアップルパイですよ。美味しいうちに召し上がらないと」
「……そうだな」
「ええ。カナン様は楽しいでしょうが、流石に隠れんぼに混ざりたい歳ではないので……」
「おまえ……」
「どうかしましたか。カナン様?」
 こうやって、聞き返して来る辺り、やはり天然なのだろう。判っていて聞いて来るほどの甲斐性はセレストにはないはずだ。これは
確信できる。
 あのときよりもずっと大きい手。それでも、こうやってセレストの差し延べる手の暖かさに変わりはない。それを忘れなければいい。



 大切なことを忘れてしまったのなら、思いに不安になったのなら。いつだって、出会った場所に戻って始めればいい。そこからもう
一度、恋を始めよう。。

何とか、完結いたしました。この話は辛島美登里さんの同名の曲がモチーフです。「胸の奥に光る忘れ物」とか、「なくしたものは何ですか?」
とか、「ときめきがため息になった二人の愛」とかいうフレーズについつい思いついてしまいました。愛されることが当たり前のようになって
しまっているカナンに原点に返って欲しかったのですね。この二人の出会いを今度はセレスト視点で書く予定です。しかし、出会いのシーンを
友人に話したところ、「セレスト、ショタ? それとも、ナンパ?」。……ひどい(ーー;)

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