穏やかな昼下がり。いつものようにおやつを持って、セレストはカナンの元に上がる。
「カナン様。私です」
ノックをしつつ声を掛けるが、返事はない。
「カナン様?!」
また抜け出したのかと思い、慌てて扉を開けると、セレストは安堵の溜息をつくことになった。
「あ……」
ソファに腰掛けたままカナンは眠っていた。本を読んでいたのか、膝の上には開いたままの本が置かれている。普段は
やんちゃで仕方ないのに、眠ってしまえばあどけなさだけが残る。そんな様子は幼い頃となんら変わらず、それが可愛いの
だと言えば、確実に怒るだろうから言わないけれど。
「カナン様、お風邪を召されますよ」
そう言いながら、二、三度揺さぶると、何度か瞬きをしてから、カナンはセレストを見上げた。
「セレスト……?」
いつもの意思の輝きを秘めたサファイア色の瞳はトロンとした潤んでいて、何故だか心臓が跳ね上がる。
「昨日は夜更かしされていたんですか?」
「ん〜。ちゃんと寝ている筈なんだがな……」
そう言いながら、カナンは目を擦る。その様子は子猫を思わせて何となく可愛い。
「眠りが浅いのかもしれませんね」
「そういうものか?」
「ええ。眠りが浅いと、眠っていても疲れが取れにくいようです。カモミールティーを寝る前にお出しするようにしましょうか?」
よく眠れないからと言って、まだ成人していない王子にアルコールを勧めるわけにはいかない。眠りの効果をもたらすもので
安眠を得てもらうのが一番だ。
「セレスト」
「はい?」
「あの、な……」
言いごもりながら、ぎゅっとセレストの服の袖をカナンは掴む。カナンがセレストに甘える時の癖、だ。恐い夢を見たり、風邪を
ひいて床に臥していたりする時にこうして服の裾を掴んできていた。だから、セレストは出来る限りの優しい笑顔で答える。
「何でしょうか、カナン様?」
ごむたいではあるけれど、あまり甘えるようなことをしないカナンのその様子に何よりの愛しさを感じる。
「その、今晩、ここで僕と一緒に……」
「カ、カナン様?!」 いわゆるカナンからの誘いの言葉にセレストは慌てる。当のカナンは耳まで真っ赤だ。
「バ、馬鹿者! 何度も言わせるな!」
「痛!」
照れ隠しのちょっぷはかなり痛かった。思わずセレストは頭を押さえる。
「さっきの眠りが浅いというのと関係があるかはわからないが、あまり寝た気がしないことがあるんだ。だから、おまえが傍に
いてくれたら、ちゃんと眠れそうな気がする……」
真っ赤な顔を見られたくなくてカナンは俯いてしまう。こんな可愛いことを愛しい相手にされて応えないのは従者としては
ともかく、恋人失格である。
「それは構いませんが、傍にいるだけではすまないかもしれませんよ? 私は安眠枕ではありませんし」
一応の忠告。従者の立場ではなく、恋人としてのそれにカナンはますます顔を赤らめながらもさらに強くセレストの服の裾を
掴んだ。
「馬鹿……。そのつもりがなければ、僕は……」
ますます真っ赤になるカナンの顎を捕らえ、上向かせる。真っ赤な顔なのに見上げる瞳だけは変わらずに気丈で。それが
とても愛しくて、セレストはカナンに口づけを送る。ふわり、と柔らかな口づけを数回送ると、優しい笑みを向ける。小さい時から
何度も見てきた、カナンの大好きなセレストの笑顔。
「続きは今夜でよろしいですか?」
「〜!」
あまりにもの恥ずかしさに、カナンは二度目のちょっぷをセレストに送った。
とりあえず。お話の始めとしてはこんなものです。らぶらぶな主従……。
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