velvet love

 それは偶然のことだった。大学の授業が当日に休講になり、バイトまでまだ時間がある。時間を潰そうとすれば、通り雨。
何気なく入ったデパートで時間を潰すことにした竜は何気なくぶらぶらと店内を歩いていた。そんな時。よく知った声に足を
止めた。

「これなんか可愛いんじゃない」
「そうだな。やっぱり、女の子ってこういうのはセンスあるよな」
 楽しそうな男女の会話。一見、仲のよさそうなカップル。
(炎……)
 もし、それが炎一人なら、声をかけたのかもしれない。だが、炎は一人ではなかった。海の妹、広瀬渚と一緒にいたのだ。
しかも、二人がいたのはアクセサリー売り場。男一人で近づくには勇気が要る。何よりも楽しそうな2人に心のどこかが軋む
のを感じたから。

「……」
 それ以上、二人の姿を見たくなくて、竜はその場を足早に去った。

 その後、数日間、竜はなるべく炎と顔を合わせないようにしていた。学部が違うことが幸いと言えば、幸いだった。炎には
炎の付き合いがある。それに、渚は炎に好意を持っている。本人が気づいていないところで、炎に好意を持つ者も多い。
自分がどうこういう問題ではないのだ…と自分に言い聞かせて。何よりも他人に干渉されるのが嫌いな自分が他人を干渉
する資格などないのだ。
 そう思っていても、炎と顔を合わせたくないと思ってしまう自分がある。もし、顔を合わせたら、どんな顔を見せてしまうか、
わからないから。こんな自分は自分じゃない。少なくとも、炎に出会う前までは。出会ってから、時が過ぎて。随分、変わった
とは自覚していたが。こんな感情を持つ自分は自分らしくない。そう、思うから。
 だが、そんな時に限って、炎は自分を見つけ出してしまう。
「竜!」
 いつもどおりの活発な彼が、いつもどおりに話しかけてくる。胸が騒ぐ。
「なんだ」
 声がこわばる。だが、それをいつもの無愛想だと思っている炎は気にもしてない。
「今日、お前んち行くから。バイトの終わる時間、いつ?」
「さぁな」
「さぁなって、お前……」
「来たければ、勝手に来ればいいだろう。いつものように」
 言っている自分でも随分な態度だとは思う。だが、どうも、感情がセーブできない。
「お前、変」
 そう言いきると、炎はぷいと顔を背けてしまう。
「今日、なんの日か知ってんのかよ。コンピニでバイトしてるくせに、なんでこういう情報に疎いんだ?」
「なんの話だ」
「今日はホワイトデーだろうが。美奈子ちゃんにチョコレートもらってんだから、一緒にお返ししようって思ったのに」
 そう言って、炎が取り出したのはラッピングされた小さな包みを取り出す。リボンに入っている店の名前は、この間の
デパートの専門店のもの。
「それ、山海デパートで買ったのか……」
「そうだよ。女の子が喜ぶのわかんねーからさ、渚ちゃんに頼んで付き合ってもらったんだぜ」
「……」
 もつれていた糸は簡単にほどけてしまう。と言うより、彼が勝手にもつれさせていただけなのだが。
「そうか……」
 勝手に悩んでいた自分が何だか、馬鹿馬鹿しくて。笑ってしまうしかない。こんなに炎に振りまわされている自分がいる。
それが情けなくて。それでも、炎に惹かれている自分を否定する気にもなれなくて。
「な、何だよ」
 笑い出してしまった竜に炎は戸惑ってしまう。何か悪いものを食べたのだろうか…と心配にすらなってくる。
「いや、何でもない」
 悔しいから、本当のことは言わない。それがせめてもの彼のプライドだから。そんな竜の態度に炎はただ戸惑うだけで
あった。

 そして、その日の夜。
「わぁ、素敵なチョーカー」
 ベルベットにパールをあしらった大人びたデザインのチョーカーに顔をほころぱせる美奈子。
「気に入ってもらって、嬉しいぜ」
「うん、ありがとう、炎、お兄ちゃん」
 楽しそうに会話する2人に竜は一人苦笑しているだけであった。

ホワイトデー創作です。珍しく、嫉妬する竜でしたが、いかがなものでしょうか。ちょっと、ドキドキ。