月夜のお散歩
金の髪の女王が治める宇宙の夜の闇はどこか温かい。
この宇宙を故郷とし、新宇宙の女王でもある恋人と共に招かれたアリオスはそう感じていた。かつての侵略者ではなく、
女王を支える者としての立場として、である。
「あら、そうなの?」
アリオスの言葉に彼女は首を傾げるだけ。もっとも、彼女はこの宇宙で育ったのだから、それが当然のように思って
いるのかもしれない。
だが、深夜、部屋を抜け出し、直接、外気に触れると、それをより一層感じる。特に今日は新月。星の光だけの夜。闇は
静かに優しく、すべてを包み込んでくる。
(……あれは?)
宮殿の中庭にある噴水に腰掛けている人影。闇夜でも、人目をひく鮮やかな金の輝きの髪……。
(オイオイ)
呆れたような彼の視線に気づいたのか、その人影はアリオスの方を向く。
「こんばんわ。夜のお散歩?」
にっこりとあどけない笑顔と鈴の音のような声。幻ではないと嫌でも認識する。
「なんであんたがここにいる」
仮にも彼女は宇宙の女王である。いくら宮殿の中庭とはいえ、無防備すぎる。
「夜のお散歩」
答える彼女はあっさりとしたもの。却って、次の言葉に詰まる。
「あの子と一緒じゃないのね」
「ああ、先に寝ちまったからな」
「あら、それじゃつまらないわね」
「……」
何処までわかって言っているのだろうか、思わず勘繰りたくなる。相手はにこにことあどけない笑顔を崩さない。守護
聖たちが彼女に逆らえないのが、何となくわかる気がしてくる。
「そういうあんたこそ、こんな時間に一人でいてていいのかよ」
転生したとはいえ、かつての侵略者の言葉ではないとは思う。実際、あの1件以来、聖地の警備状態はかなり厳しく
なっているはずだというのに、この少女はどうやって抜け出したのか。
「あら、大丈夫よ。だって、優秀なナイトが今は目の前にいるしね」
「……」
「あ、違ったわね。あの子専用のナイトよね。レイチェルから色々と噂は聞いてるから」
クスクス笑いながらの言葉にアリオスは反論はすまい…と思う。反論しても、それ以上に言ってくるに違いないと思え
てくる。
(あの女、何を吹き込みやがった……)
とりあえず、怒りはレイチェルに向けることにする。
「それに大丈夫なの。こんな闇の夜の方が守られている気がするから……」
そっと自分を包み込む空気を抱きしめるように自分自身を包み込む。その仕種は女王のそれではなく、一人の女性の
もの。あどけない少女の見せる顔とは別の一面。
(闇のってことは…あの御仁とか……?)
意外な取り合わせだ…と思う。光を纏う天使そのものの少女と闇を司る青年。だが、この闇が優しく感じられるのも事実。
そんなアリオスに気づいたのか、少女は苦笑めいた笑みを浮かべる。
「あ…誤解しないでね。私の、片思いだから」
「……女王だからか?」
女王と言うその立場上、色々と問題がある。彼と彼の恋人の場合は、何よりも互いを望み、周囲もそれを暖かく許して
くれたから。特別なものだ。新宇宙と言うこともあり、制度などは色々と新しくできる。
この宇宙には新宇宙と違い、長年の歴史と言うものがある。いくら女王とはいえ、この少女一人ではそれを覆すのは、
困難を要される。まして、頭のとても固いがいることだし。だが、その言葉に少女は首を振る。少し切なそうな表情で。
「違うわ。私に勇気がなかったの。あの子のように…あなたの元に飛び込む勇気も、気持ちを確かめる勇気も」
「……勇気?」
「そう、怖かったの。あの人が辛い恋をしたことを知ったから……。私と同じ金の髪の、“アンジェリーク”という名の人に
……。あまり、その人とはお話したことはなかったけど、その人はとても偉大で素敵な女性だったから……」
「その女は今は……?」
「今はお友達と二人、静かに暮らしていると聞いたわ。そのお友達もとても素敵な女性。私が逆立ちしたってなれない
くらいに……」
そう言って、アンジェリークは空を見上げる。
「今はどの星にいらっしゃるのかな……」
その呟きは微かなもので下手をすれば聞き逃しそうになる。
(だから…俺を、俺たちのことを許せたのか、こいつは……?)
本来なら、許されるべきではない存在であることはアリオスはよく判っている。魂を封印されるべき立場であると。だが、
彼女はそれをせず、幸せになることを願ってくれた。
そんなアリオスに気づいたのか、アンジェリークは薄く笑みを浮かべる。
「誤解、しないでね。私、後悔してないから。今、こうして、あの人の力が私を、この夜を守ってくれているのを感じられる
だけで、嬉しいの。今は…これだけでいいの」
精一杯の強がりだ、と思う。変なところで、彼の愛する栗色の天使と同じような強情さを持っているのだ。
「だが、いつまでも一緒にいられるわけじゃねぇんだろ?」
守護聖のサクリアは無限ではない。いつか、尽きる日も来る。彼は守護聖の中では長い方だと聞いている。
「あんたはそれでいいのか?」
その言葉に少しだけ俯いてしまう。だが、悪戯っぽい笑みを次の瞬間には見せていて。
「そうね…その時になったら、ぶつかってみるのもいいわね」
「それがあんただと思うけどな……」
なんせ、あの御仁を含む守護聖全員をまとめ上げているのだ。共に旅していた時、彼の恋人が溜め息を何度吐いて
いたことか……。
「ごめんなさい。夜のお散歩なのに、引き留めちゃって。私、戻らなきゃ。そろそろ、ロザリアが見回りに来る時間なの」
「……」
女王補佐官自らが見回り…と言うことは、こういうことを彼女は何度もしているのだろうか。しばしの不安。
「送っていくぜ」
「いいの、一人で帰れるわ。言ったでしょ? あの人の力が私を守ってくれているから」
根拠があるのかないのかわからない自信に溢れた笑顔。逆らえるはずもない。
「じゃあ、お休みなさい」
そう言って、少女は歩き出そうとするか、不意に振り返って、アリオスの元に戻ってくる。
「ごめんなさい。お礼、忘れたわね。ちょっと目を閉じてくれる?」
「礼?」
「うん。いいから」
有無を言わさぬままに、目を閉じさせられしまう。すると、次の瞬間、柔らかく、暖かいものが頬に触れる。
「……」
流石に驚きを隠せないアリオスに無邪気な笑顔の天使は告げる。
「あの子には内緒ね♪」
そういうと、軽快な足取りで走り出してしまった天使に、かけるべき声が思いつかず、アリオスは呆然と見送ってしまう。
頬に残る天使からの口付けと言う名の賜り物だけが、現実であることを改めて思い知らされて。
そして……。
「言っとくけどな、俺はされたほうだからな。睨まれても困る」
その言葉に闇を纏った青年が姿を現す。
「別に…睨んでなどいない」
「はい、そうですか」
こう言われては、肩を竦めるしかない。
「あんたは知ってたのか?」
「あれの散歩のことは、ロザリアが毎日ジュリアスと話し合っている。無駄なことだとは思うのだがな……」
「そうじゃなくて……」
だが、その光景は用意に察することができる。
「そうじゃなくて…聞いてたんだろ?」
何でここまで人が良くなったんだろうか…思わず、自問自答してしまう。
「そうだな……。そう思わせる何かがあったのだろう……。私も踏み出すことを恐れていた……」
「あんた……」
「私は…いや、おまえに言っても仕方ない……。本当に告げるべき相手に言わねば、意味がない……」
微笑を浮かべると、青年は踵を返してしまう。今度こそ、一人残されたアリオスはらしくない行動に笑みを浮かべる。
「ったく……。人の背中を押しといて、自分たちはこうかよ。ここの連中は」
そういいながらも、彼も愛する天使のことを思い出してしまう。
「ま…そんなものでもいいか」
呟いて、青年もまたその場をあとにする。先に眠りに落ちた天使の夢を守るために……。
静かな闇は…すべてを優しく包み込んでいた……。
ああ、書いちゃったよ。でも、楽しいのよ。アリオスですら、振りまわせる、うちのリモージュ…。最強だよ。そうだね、確かにさぁ、
これ、リモージュ×アリオスだよ。
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