月の水
波の音だけが聞こえる無人島の夜。降りそうなほどの星明かりの下で、アリオスはアンジェリークの
寝顔を見つめていた。
封印の鍵を探す途中で嵐に巻き込まれ、ここに流れ着いた。流木で足をうったためと、疲れのためか
熱を出したアンジェリークの容体もようやく落ち着いてきて、今は静かに眠っている。
「ん……。」
無防備に安心しきった寝顔。これが別の宇宙の女王かと思うほど。こうして見る少女はただの十七歳の
少女にしか見えない。アリオスはそっとアンジェリークの頬に触れる。
かつて愛した少女とあまりにも似すぎていて。面影だけじゃない。声も、仕種も、性格すらも。少女の
笑顔を見るたびに、胸がしめつけられる。
「エリス……。」
アンジェリークの血は手に入れた。“蒼のエリシア”の力の秘密を解明できれば、魔道成物を形成し、
かつて愛した少女を憑依できれば、もうこの少女は必要ない。そのはずだった。
「いっそのこと…このままおまえをつれて逃げれば……。」
このまま仲間の元に戻らなければ、嵐に巻き込まれて…そのまま命を落としたことにもできるだろう。
アンジェリークさえいなければ、守護聖や他の人間もまとまりにくいはずだ。考えてみれば、あの個性
的な面々をまとめることのできると言うのは、それだけでも女王の資質なのかも知れない。
「おまえがいなければ…奴らはどう出る……?」
細すぎる首に手をかける。このまま力を込めれば……。アリオスの手で折れそうなほどに華奢なつくり。
簡単にこの少女の時間を止めてしまえる。今、この手に力を込めれば…この少女は永遠に自分だけのもの
になる。誰にも染まらない…誰のものにもならない少女を。
「アリオス……。」
「……!」
自分の名を呼ぶ少女の声にアリオスの手は硬直する。アンジェリークの顔をのぞき込むと、静かな寝息
を立てている。
「寝言…か……。」
アリオスはアンジェリークの首から手を離すと、深く溜め息を吐く。
(何をやってるんだ…俺は……。)
利用し尽くすまで、生かしておくつもりだった。だが…今、彼の中で芽生え始めている感情は少女への
奇妙な独占欲と共に、心を蝕み始めている。
「畜生…どうしろって言うんだ……。」
動き出した歯車は壊れるまでは止まらない。もう…戻れないのだ。最初からなかったことになどできる
はずがない。
「おまえのせいだ……。」
そう呟いてみる。けれど…彼女のせいであるはずがない。仕組んだのはすべて自分なのだから。
「アンジェリーク……。」
そっと唇を少女の唇に落とす。唇に、額に、目蓋に、頬に。掠めるように軽く、何度も。
(いっそのこと…狂っちまえば…楽になれるんだろうな……。)
そうできないことは十分承知している。もう…戻れないのだ。
(それとも…もう狂っちまってるのか……?)
もう…戻れない。それなのに、この少女を殺せなくなっている。少しずつ狂ってゆく歯車。胸の痛み
だけが彼を蝕んでゆく。
(もう少し…もう少しだけ……。)
何に祈るのか。彼自身にも分からなくなっている。ただ、願うだけ。『アリオス』でいられる時が少
しでも長くあるように…と。戻れない道だとわかっていても……。
アリオスはアンジェリークに再び口づける。少女の眠りを妨げぬくらいに軽く。それでも…思いを込
めて……。
そして…夜は更けてゆく……。
少し暗めの話です。苦悩する彼を書きたかっただけなので…。友人には受けが良かった。
|| <Going my Angel> ||