Teatime
日の曜日。この日は女王試験の休息日。女王候補たちはそれぞれの休日を満喫している。
「今日も良い天気だね……。」
そう言いながら、夢の守護聖であるオリヴィエはのんびりと公園を散歩中。気ままにお気楽にが信条のこの方は自分にとても
正直に行動する。何となく気が向いて、公園に足を運んだのだ。
「あれ…アンジェリークじゃない……。」
紙袋を抱えて、浮き浮きと公園を駆けてゆくアンジェリークを見つけたオリヴィエはすかさず声を駆ける。
「はーい、アンジェ。急ぎ足みたいだけど?」
「こんにちは。オリヴィエ様」
「今日も元気みたいだね。嬉しいよ。」
「ふふ」
見ると、手には紙袋と数冊の本。本といえば…ということで何となく行き先に見当がつく。
「本を持ってるということは…ルヴァのところに行くのかな?」
「ええ。そうです。この間お借りした本を返しに行くところなんです。よくわかりましたね。」
「そりゃ…本といえば、ルヴァしかいないしね。」
などと会話が弾む。なんだかんだと面倒見のいいオリヴィエはこの目の前の金の髪の女王候補と地の守護聖のルヴァのことを
気にかけてくれている。といっても、この二人だから、なかなか進展しないと言うより、ルヴァに進展を求めるほうが無理という話。
アンジェリークはアンジェリークでルヴァの気持ちに気づいているのかいないのか…といったところである。
「そうだ、マドレーヌ焼いたんです。ルヴァ様にいつもお茶をご馳走になるんで。オリヴィエ様も一ついかがですか?」
「いいの?」
「お口に合えばいいんですが……。」
そう言いながら、紙袋からアンジェリークはマドレーヌを一つ取り出す。一つ一つ可愛らしくラッピングされている。
「じゃ、ここでいただこうかな。」
噴水に腰掛けて、オリヴィエはマドレーヌを口にする。それほど甘くなくて、あっさりとした味。
「ん…おいしいよ、アンジェ☆」
「わぁ、良かった。」
本当に嬉しそうにはしゃぐアンジェリークを見て、可愛いと思うオリヴィエである。あののんびりしたルヴァが心魅かれるのも無理は
ないと思うのである。
「あれ、オリヴィエ様、アンジェリーク。」
「あ、マルセル様、こんにちは。」
たくさんの花を抱えたマルセルの姿。
「相変わらず、花の人だね、あんたは……。まっ、いいや。一輪ちょうだい、あ、アンジェにもね。ルヴァのところに一輪挿しあったで
しょ? 本ばっかの部屋に潤いあげなきゃね。」
「わかりました。はい。」
そう言って、二人に一輪ずつ差し出すマルセル。
「ありがとうございます。」
「ううん。ね、いい香り。甘い香りがする。お菓子の香りだ。」
そのマルセルの言葉にクスクス笑いながら、アンジェリークは紙袋からマドレーヌを取り出す。
「マドレーヌです。はい、どうぞ。」
「わぁい。ありがとう、アンジェ」
嬉しそうにマドレーヌを口にするマルセルに苦笑するオリヴィエである。一番の甘え上手だと思うのだ。本人はそれを意識していない
だけ、時折気にかかるのだ。
「おいしいよ、アンジェ」
「良かったです。そんなに甘くないから、どうかな…と思ったんですけど。」
「そんなことないよ。本当だよ。」
その言葉にマルセルは大きく首を振る。どこかか幼さが残るこの緑の守護聖様はその仕種も時折子供染みている。
「あ、マルセル様、口もとに……。」
口元に着いたマドレーヌの欠片をとってやるアンジェリーク。
「あ…ありがとう、アンジェ。」
その様子はまるでお姉さんが弟にしてあげるそれのようだとオリヴィエは思う。
「まるで、姉弟みたいだね、あんたたち……。」
「え……?」
「だって、そんなふうに仲が良くて。まるでアンジェがお姉さんみたい。」
オリヴィエの言葉に一瞬戸惑いながら、顔を見合わせる二人であるが、ついには噴き出してしまう。
「やだ、オリヴィエ様ったら……。」
「だって、二人とも可愛いし。二人ともメイクしてあげようか? お揃いで可愛くするよ」
その言葉にマルセルはブンブンと勢いよく首を振る。過去によほどのことがあったと推測できるがここでは語るまい。
「それより、アンジェリーク、どこかにおでかけ?」
「ええ、ルヴァ様のところに……。」
手に抱えてままの本を抱え直して、アンジェリークは応える。
「ごめんごめん、ずいぶん長居させたね。今日は一日中、本の人になってるから。現実に連れ戻すお役目よろしくね。」
「まぁ、オリヴィエ様ったら。」
クスクス笑うアンジェリークだが、結構笑い事でない。まぁ、知らないことは幸福なのだが。
「じゃあ、私、失礼します。」
と、一礼した、元気よく去ってゆくアンジェリークを見送るオリヴィエとマルセル。
「うーん、相変わらずだねぇ、あの子は……。」
「でも、アンジェですから。」
「確かに…あれがあのこのいいところだもんね……。」
などと会話されてる途中でアンジェリークがくしゃみをして、その挙げ句つまづいたことはこの人たちの知ったことではなかった。
パタパタパタ! 元気な足音が響いてくる。その足音を聞いて、ルヴァは自然に笑みをこぼしてしまう。その足音が執務室の前で
止まる。ルヴァは本を閉じて、扉を開けてやる。
「いらっしゃい、アンジェリーク。」
ノックしようとしていたのか、アンジェリークの手が宙で浮いている。だが、すぐに気を取り直して、満面の笑顔をルヴァに向ける。
「こんにちは、ルヴァ様」
その笑顔にルヴァは思わず引き込まれそうになる。明るい日溜まりのような金の髪に相応しいくらいの眩しい笑顔。明るくて、元気の
いいその笑顔はいつもルヴァをドキドキさせる。
「どうかしました、ルヴァ様?」
「い…いえ……。今日は日の曜日なのに、わざわざ訪ねてくださるなんて…ね。」
「この間お借りした本を返しに来ました。とても面白かったです」
そう言って、本をルヴァに手渡すアンジェリーク。ルヴァは本を受け取ると、机の上に置いておく。
「そういってくださるとは嬉しいですよ。」
「あ、このお花、マルセル様からいただいたんです。一輪挿し、ありましたよね。いけていいですか?」
「ええ、かまいませんよ。はい。」
細かい彫刻がされた硝子の一輪挿しを受け取ると、アンジェリークは早速水を汲んできて、いけてしまう。その間、ルヴァはアンジェ
リークに貸した本を元の位置に戻しておき、お茶の準備をする。
「はい、ルヴァ様。」
戻ってきたアンジェリークはルヴァの執務室の上に一輪挿しを置く。白いバラの花。
「ありがとう、アンジェリーク。そこにかけていてください。もうすぐお茶を入れますから。」
「あ…お構いなく……。」
「いえ…私が好きですることですから……。あなたにおいしいお茶を入れるのも楽しいんですよ。」
フワリと暖かな笑顔で言われれば逆らえるはずもない。アンジェリークは素直に椅子に腰掛ける。しばらくするとお茶のいい匂いが
部屋中に広がる。
「お待たせしました。」
白磁のティーカップに入れられたダージリンの香り。
「あ、ルヴァ様、マドレーヌやいてきたんです。よろしければ、どうぞ……。」
そう言って、マドレーヌの入った紙袋を差し出すアンジェリーク。ルヴァは戸惑いながら、受け取る。
「ああ、すみません、気を使わせてしまいましたね……。」
「いいえ、本のお礼です。私にできることって…育成以外では、これだけですから。」
実はお菓子を作るのが好きなアンジェリークである。時々、マルセルに甘いものを作ってあげていたりするのだ。甘いものが好きな
仲間同士として、一緒にお菓子を食べられる貴重な存在なのである。
「それに、よくスモルニィにいた頃はみんなでお菓子を持ち寄っては中庭で食べてたりしたんです。」
懐かしそうな瞳をするアンジェリーク。ついこの間までは女王や守護聖とは何の関係のない普通の女子高性だった彼女にとって、今、この聖地はどう映っているのだろう。
「アンジェリーク……。」
「やだ、私ったら、しみじみしちゃいましたね。ごめんなさい、せっかくお茶を入れていただいたのに。」
慌ててお茶を飲み始めるアンジェリークである。おいしく入れられたダージリンはアンジェリークの心にしみ込んでくる。
「帰りたいですか……? 普通の日常に……。」
思わないほうが不思議なのかもしれない。普通に暮らし、普通の時間の中で生きること…平凡な生き方こそが、本当は難しいの
かも知れない。だが、アンジェリークは首を縦には振らなかった。
「どうしてですか? 私、ここに来て良かったと思ってます。」
「アンジェリーク……。」
アンジェリークは迷いのない瞳で語り始める。
「ここに来て…女王候補生として生活して…命の輝きや、尊さの本当の意味を知りました。守護聖様たちの優しさや強さ…そして、
女王陛下の偉大さを……。普通の女子高生をしてたら、日常に流されるだけの毎日だったと思うんです。」
「それを実感できるのは、あなたの資質でもあるんですよ……。良き女王候補になりましたね……。」
その言葉に嬉しそうにアンジェリークはうなずく。
「それに、こうして、ルヴァ様においしいお茶を入れてもらえて、お話できるし……。」
「え?」
戸惑うルヴァにアンジェリークは悪戯っぽく笑う。
「不謹慎だなんて…思われるかも知れませんが……。私、日の曜日にこうしてルヴァ様とお話するの、すごく楽しいんです。ルヴァ
様といると、心に暖かい何かが流れ込んできて……。ルヴァ様のお傍に居るだけで、心が暖かくなる気がするんです。」
「そんな…私はろくに話もできないし、あなたを退屈させるだけですし……。あなたはにぎやかで明るい方だから……。」
ルヴァの言葉にアンジェリークは静かに首を振る。
「ご迷惑かも知れませんが…私、ルヴァ様に甘えてます。ルヴァ様のお傍に居ると、すごく優しくなれる気がするんです。ルヴァ様の
暖かさが私に伝わってきて、私も暖かくなれそうな気がして……。本当、こうして押しかけてきて、ご迷惑かも知れませんが……。」
その言葉にルヴァは慌てて、手を振る。
「あ…そんなことないですよ。あなたがいらしてくれて、すごく嬉しいです。こんな殺風景な本しかない部屋を訪れてくれて……。」
紡ぐべき言葉を探しながら、ルヴァは続ける。
「あの…そのですね……。あなたが訪れてくれることで…私は心に点す光が一つ増えるんですよ。あなたが訪れるたびに心の中に
光があふれてくるんです。それがとても…心地いいんです……。あぁ…私こそ…不謹慎かも知れませんね……。あなたが来るのが
こんなに楽しみだなんて……。」
「ルヴァ様……。」
「ああ…何を言ってるんでしょうかね、私は……!」
自分で言ってしまった言葉の重さに気づき真赤になるルヴァ。
「お茶が冷めてしまいましたね…もう一杯入れましょう……。」
慌てて、もう一杯お茶を入れようと準備するルヴァだが、どこかぎこちなくて、食器がガチャガチャと音をたてる。
「手伝いましょうか?」
思わず声を駆けてしまうが、ルヴァは首を横に振る。
「いえいえ……。すみません、すぐにすみますから……。」
しばらくすると、新しいお茶が入れられる。その横にはアンジェリークのマドレーヌが添えられている。
「あ…いただきますね、アンジェリーク。」
「どうぞ。」
ルヴァの顔を伺いながら、アンジェリークは自分でもマドレーヌを口にする。
「おいしいですよ、アンジェリーク。あ…私のお茶にはもったいないくらいですよ……。」
「そんな……。」
そんなふうにお茶を飲みながら、ゆったりとした時間が流れる。心地よさだけが流れる時間。一番大切な人と過ごすからこそ、心地
よく流れるのかもしれない。
(こういうのを幸せって…言うのかも知れませんね……。)
目の前で微笑むアンジェリークを見て、つい頬が緩んでしまうルヴァである。
「どうかされました、ルヴァ様?」
あどけなく、尋ねてくるアンジェリークにルヴァは笑顔を向ける。うまく言葉を紡げないけれど、伝えたい言葉はたくさんある。
「いえ…こうして、あなたと過ごしていると、自分が満ち足りた気分になるんです……。それは…あ…その、あなただからだと思うん
ですよ……。」
「それなら、私もです。」
「アンジェリーク?」
にっこりと優しい笑顔でアンジェリークは言葉を続ける。
「どんなに…辛くても、ルヴァ様のところでこうして過ごしてたら、また、頑張れるって気がして……。ルヴァ様の暖かさに触れてたら
……。ご迷惑かも知れませんが……。」
「そんな…迷惑なんて……。あ…その、私も嬉しいですから……。」
「それなら…良かったです……。あの…また、次の日の曜日に来てもいいですか……?」
その言葉にルヴァは静かにうなずく。
「あ…その、いつでも歓迎しますよ。おいしいお茶を用意しますから。また、来てくださいね。」
「はい、喜んで」
嬉しい気持ちが流れてくる。一緒にいて嬉しい。それが相手も同じなら、嬉しさは二倍以上になる。それは他でもない、世界中で
たった一人の相手だから。
そんなふうに穏やかな心のままで、お茶の時間は過ぎてゆく……。この時間が永遠に…と願いながら……。そして、二人でまた
過ごす時間が早く訪れるように…と。早くゆっくりと時間が流れるように……。優しい思いを添えて……
これ、実は2作目のアンジェの創作です。従姉妹にせがまれて書いたものです。ルヴァ様とリモージュのほのぼのが一番好きなのです。
|| <Pureness Angel> ||