Miracle
「春になったら、中学生になったら…あの制服を着れるのね」
病院の窓辺から見える、中学生の集団を見るたびに、美奈子はそう言っていた。身体が弱く、何度も入退院を繰り返して
いるため、あまり学校に通えない妹に竜は何も言えないままだった。
「学校のお話して」
そう言われる度に何を話せばいいのか、分からなくて。元々、人と接するのは好きではないし、干渉されるのも嫌いなのだ。
一歩引いて、接するうちに皆あまり踏み込まなくなる。その方が気が楽だった。そんな会にだから、いつしか美奈子も学校の
ことを聞かなくなって。大抵の話題は動物のことになってしまった。
だが、それでも、美奈子の学校への憧れは強くて。
「早く、良くなりたいなぁ……」
何とか入学式には制服を着ることはできたけれど。相変わらず、入退院を繰り返していて。友達を作ることもままならない。
手術をすれば治るだろうと、医師は言ってくれたが、まだそこまでの体力を備えていない。
そんな美奈子に何もしてやれなくて。もどかしさだけが、竜を襲う。そんな日々が二人の日常だった。
だから、偶然に居合わせた宇宙人の襲撃現場で、偶然にダグオンに選ばれた時は、竜にとっては、迷惑以外の何ものでも
なかった。どうして、自分なのか。自分のことで精一杯なのに…と。そして……。
「竜!」
今日もまた。自分の秘密を知ろうと、干渉してくる。同じダグオンだから、仲間だから、自分が謎だからと、干渉してくる相手。
ずかずかと踏み込んでこられる。それがわずらわしくて。何度、避けただろう。だが、それでも諦めることを知らなくて。そして、
いつしか、彼を認めてしまっている自分がいて。不思議な感覚。
「最近のお兄ちゃん、楽しそうね」
クスクスと美奈子が笑う。その言葉に竜は戸惑うしかなくて。
「楽しそう?」
「うん。楽しそう。何かあったの?」
身体が弱いのと引き換えにするように、未来を朧げに夢に描き出す能力を美奈子は持っている。幸い、彼の今の状態は
夢に見ることはないようだが。
「そう見えるのか?」
「うん。見えるよ。何かあったの?」
美奈子はクスクス笑う。まるで知ってるのよ…とでも言うように。そんな美奈子の笑みに戸惑うしかなくて。時は静かに優しく
過ぎてゆく……。
そうして、季節は巡り、秋となって。竜の誕生日の前日にあった小さな出会い。そして、当日に起こった大きな事件。
「こんな嬉しいプレゼントは初めてだ……」
自分以外の人間に向けた極上の笑顔に美奈子は驚いていた。だが、兄に気づかぬようにクスクス笑っていたりして。
「二人は友達だったのね。世間って、狭かったんだ」
美奈子の言葉に竜と炎は顔を見合わせる。
「おまえ、性格悪い……」
「聞かれなかったからな」
炎の言葉に竜はしれっとした顔。『美奈子ちゃんの兄貴』とやらのご本人はちゃっかり自分のほしい本をリクエストしていたの
だから。大げさに溜め息を吐くしかなかったのである。
「わかってたの。お兄ちゃんが楽しそうにしていた理由」
あの一件の後、美奈子はスケッチブックを差し出して言った。渡されたスケッチブックには楽しそうに笑っている竜の姿。
「お兄ちゃんのことを本当に理解してくれる友達ができたんだって。まさか、炎だとは思わなかったけど」
まったく正反対の性格の二人。だが、何となくわかる気がする。炎はスルリ…と心の中に入り込んでくるのだから。
「美奈子……」
「お兄ちゃんを見てたら、あたしも炎みたいな友達がほしくなっちゃった。早く元気になりたいなぁ……」
そう言って、美奈子は病室の片隅にかけてあるセーラー服を見つめる。
「あたし…きっと、元気になるから……。ううん、なれるの。そんな気がするの」
予知夢とは関係なく、自分の中から溢れてくる自信のようなもの。
「頑張るから、見ててね。お兄ちゃん」
「……ああ」
決戦の少し前に交わされた小さな約束。そして…また、季節は巡ってゆく……。
桜の季節も過ぎて、緑が眩しい季節。
「お兄ちゃん!」
うれしそうにセーラー服姿の美奈子がはしゃいでいる。手術が無事、成功し、退院できたのだ。
「あまりはしゃぐな」
「平気だよ」
くるりと身を翻して、美奈子が笑う。夢のような光景に竜は目を細める。それは奇跡のようで。
「夢は叶うのよ。お兄ちゃん」
不意に美奈子が口にする。
「こんなふうにね、制服を着て、普通に外に出ることが叶ったもの。信じていれば、きっと叶うんだよ」
無邪気に告げる美奈子に竜は今なら素直に頷ける気がする。信じていれば、きっと奇跡は起こる。それを竜は知っている
から。
「そうだな……」
ふと、遠くを見れば、奇跡を信じさせた人物が急いで駈けてくる。
「やっと来たね、お兄ちゃん」
「あいつの遅刻はいつもの通りだ」
「そうなんだ。でも、『親友』でしょ?」
美奈子のその言葉には苦笑するしかないけれど。それでも、奇跡を起こした彼がいるからこそ、今、こうしていられることも
事実だから。これからも、信じていこうと思う。
そうして、未来は開かれるのだから……。
6000番を踏まれたたこ様からのリクエストです。書いてて、すごく幸せでした。竜と美奈子ちゃんのほのぼのを書かせて下さる
なんて…。(贈り物と言う趣旨を忘れている…)
<贈り物の部屋>