月夜の子守唄
その夜、クラヴィスが外に出たのは歌声が聞こえたような気がしたから。鈴の音のような歌声。知っている天使の歌声。
「何をしている……?」
誘われ、着いた場所は庭園。噴水に腰掛ける少女の姿。
「星が綺麗だから…外に出てみたの」
無邪気に歌声の主は笑う。その様子にクラヴィスは溜め息を吐く。
「まだ、本調子ではないというのに……」
“皇帝”を名乗る侵略者に攻め入れられ、力を奪われたこの宇宙の女王、それが目の前の少女。危機は去ったが、力を
奪われたその身体はまだ力を取り戻しておらず、床に伏せていたはず。
「もう…だいぶ、良くなったの。来週には女王の公務に戻れるわ」
「あれがうるさいぞ……」
「ジュリアスのお小言には慣れたもの」
ぺロッと舌を出して、ころころと笑う。こうしていると、普通の少女と変わらない。
「なんて…ね。本当は子守歌を歌っていたの」
「子守歌?」
「ええ。あの子の宇宙に届くといいなって思ったから……。辛い夢を見ないように……」
「……」
この宇宙の危機を救ったのはこの少女と同じ名の新宇宙の女王。彼女の働きでこの宇宙は救われた。だが、それと同時に
彼女は心に深い傷を追ってしまった。“皇帝”を名乗る侵略者は偽りの姿、名前で彼らと行動を共にした。その中で、彼女は
彼に心魅かれ、裏切られ、傷つき……。
「目の前で大切な人を亡くすような悲しみをさせちゃったから……」
瞳を伏せる少女。同じ名の天使を傷つけた責任を感じているのだろう。
「眠れぬのはおまえも同じだろう?」
そっと少女の目蓋に手を翳す。
「クラヴィス?」
突然の行動に戸惑う少女にクラヴィスは静かな声で告げる。
「どんなにおまえを思っても…私には安らぎすら与えることはできないのだな……」
「そんな…こと……」
「ならば…ここですべて吐き出してしまえ……。ここには私しかおらぬ……」
「……!」
少女が息を呑む。やがて…クラヴィスの手の平に暖かな雫が触れる。
「あの子に…アンジェリークに謝りたかったの。でも、あの子は無理に笑っていて……。それに、私に謝ったの。『あの人を
選ぼうとした』って……。あの子にはそうする権利があったのよ。この宇宙に縛られる必要なんてないもの。でも、“皇帝”は
自ら命を絶ったというわ……。それはあの子を愛したから……。私に力が在れば……。そうしたら…あの二人は出会わずに
すんだのかも知れないのに……。守護聖や…協力者の人にも迷惑かけて……。私のせいで…傷つく人ばかり……。私が…
女王でなかったら……。」
こぼれ落ちる涙はとめどなくて。自分を責める少女の言葉が強く突き刺さる。彼女を守ることができなかった自分の不甲斐
なさを感じる。だから、クラヴィスは少女を抱きしめる。戸惑う少女の背中を何度もさすって。
「言うな……。何もできなかったのは私たちだ……。おまえを守れず……」
そっと耳元でささやく。少女が安心できるように背中の手はそのままに。
「おまえが女王の宇宙で生まれ、おまえが提案した女王試験を受けたからこそ、彼の女王は生まれた。その資質はおまえが
今いるこの宇宙にいたから……。おまえが自分を否定する必要はない……」
「クラヴィス……」
「この闇の力を持ってしても…おまえにいまだに安らぎを与えられぬのだな……」
その言葉にアンジェリークは首を振る。本当はずっと心の中で葛藤していた。もし、あの時、女王になったのがロザリアなら、
こんなことにはならなかったのかも知れない。誰もいわな開けれど、そう思っているのかも知れない。そんな思考がぐるぐると
渦巻いて。
「ごめんなさい……」
だから、今はこうして謝ることしかできない。守護聖を一時でも疑ってしまった。それが彼をこんなにも苦しめるたのなら。
「謝る必要はない。それに彼の女王は出会えたことを後悔などしていないはずだ。どのような形であろうと……。私がそうだ
……」
そっとアンジェリークの手を取り、手の平に口づける。
「おまえに出会えて良かった…そう思う」
「……!」
かあっ…と少女の顔が染まる。
「もう休んだ方がいい……。おまえに、アンジェリークのために安らぎを贈ろう……」
名前で呼ばれたことに気づき、アンジェリークは顔を上げる。
「私にとっての“アンジェリーク”はおまえしかいない」
静かなトーンの声。この声に呼ばれると、泣きたいような切ない気分になる。この声で名前を呼ばれることがこんなにも心が
落ち着く。
「ねぇ、わがまま言ってもいい?」
「?」
戸惑うクラヴィスの肩に顔を伏せて、アンジェリークは静かに告げる。
「あなたの子守歌が聞きたい……」
「私の歌など……。今なら、リュミエールも起きている。ハープでも……」
ぎゅっとクラヴィスの服の裾を掴む。
「駄目。あなたの声で聞きたいの……。私に安らぎをちょうだい……」
肩に顔を伏せたまま震える少女。そんな愛しい少女の願いをどうして断れるのだろう。ポンポンと背中をたたいてやる。
「今宵だけだ……」
告げられた言葉。しばらくして、少女の耳に子守歌が聞こえてくる。それは少女の中で解けて、心に広がってゆく。ゆっくり
ゆっくりとしみ込んでくる。確かな安らぎ。
「アンジェリーク……?」
ふと、見つめるといつのまにか少女は眠っている。あどけない寝顔。だが、安らかな表情。クラヴィスはそれを見つめると、
フッと笑みをこぼす。そして、その瞳に口付けを落とした。夢の中での守護を与えるかのように……。
この話はリモージュちゃんに「あなたの声で聞きたいの」とわがままを言わせたくて。淡々と歌う子守唄でも、彼女の心に
染み込んだだろうな…と。あのお声は淡々と染み込んでくるんですもの。
|| <Pureness Angel> ||