神様の贈り物


こら…また、遅刻か、炎!」
「多少の遅刻に目を光らせるなよ!」
「週三回以上の遅刻でどこが多少だ!」
 その言葉とともに追いかけてくる海と逃げまくる炎。山海高校における日常の光景だ。
「まったく…いつもにぎやかだねぇ……」
「本当…どこにあんなエネルギーがあるんでしょう……。一度解剖してみたいですね」
 見慣れてしまった光景を見守る森と翼の会話。
「炎の遅刻なんざ、もう日常茶飯事で先生も見離してんだろ」
「見離せないのが海なんですよ。きっとね」
 クスクス笑いながら森の言葉に答える翼。外見とその口調でおっとりしているように見られるが、 その実、結構鋭いところがある。
まぁ、その鋭さが自分の方に行かないのが翼らしいと言えば、翼
らしい(ゆかりちゃんの一件にしても)と森は思う。
「何にでも一生懸命なんですよ。炎にしても、海にしても。結局、似た者同士ですよ。ベクトルの 方向が違うだけでね」
「おまえだって、生き物に対してはそうじゃないのか?」
「森は女の子でしょ?」
 からかうつもりで言った言葉に素早くつっこまれ、森は苦笑する。女の子相手の口説き文句なら いくらでも出てくるが、翼に口で勝つのは
どうも難しいと今更ながらに思ってしまった。

 こうして、平和な日常は繰り広げられて行く。
   
 平和な日常生活の午後からの授業中。お腹いっぱい食事をしたあとには辛い時間。今日は天気も よく、差し込んでくる太陽が暖かくて気持ち良い。
「何でこんな時間に体育なんかね……」
 サッカーボールを出しながら、森が呟く。この時間、女子は体育館で授業なのでつまらないのだ。
「炎なら絶対、寝てるでしょうね……」
 翼の予想通りに炎は授業中にしっかり寝ていたことは誰もが承知の事実。
「こら、おまえ達、私語は慎め」
 こういうときも運動委員でもないのに、海は厳しい。森と翼は首をすくめて、準備体操を始めた。 今日の授業はサッカーである。クラスで
二つのグループに別れて、試合形式で行なう。

「よ…海。別れちまったな」
「お手柔らかにお願いしますね」
 海は森と翼とはグループが離れた。
「言っておくが私は負ける気はないからな」
「さすが、そうこなくっちゃな」
 運動神経に自信がある森は余裕の表情。だが、海とて負ける気はない。
「森と同じチームなら僕は楽できるからいいかな」
 森と海の会話などどこふく風で翼はゴールポスト近くでのんびりと腰を下ろしている。 教師の ホイッスルの合図で試合が始まる。運動神経
抜群の森の独壇場と思いきや、海も負けてはいない。

「へぇ、やるじゃねえか」
「油断大敵だぞ、森」
 二人の競り合いに周りの生徒たちも盛り上がる。
「元気ですね…皆……」
 翼だけが感心したように生徒たちの様子を見ている。
「風祭……」
 ゴールキーパーの生徒が呆れて何も言えなかった。
「広瀬!!」
 海にパスが回る。海はそれを受け取って、ドリブルを始める。
「よし、誰か海を止めろ!」
 森の言葉にクラスメートの一人が海の元に向かう。だが、勢いをつけすぎたので海に突進する形 になった。
「うわっっ!」
 海はその勢いを受け止める形になり、そのまま後ろに倒れてしまう。そして、強く頭を強打した。
「海!!」
 一瞬、その場の時間が止まる。咄嗟に判断を下したのは翼だった。
「森、海を! 頭を強く打っています」
 そう言って、自分もその場に駆けつけた翼。
「大丈夫だ……」
 抱き起こそうとした森の手を押さえ、海は起き上がろうとするが、バランスを崩して、結局、 森に支えてもらう羽目になる。
「おいおい……。無茶すんなよ……」
 呆れた様子で海を支える森。
「すまない……」
 頭がずきずき痛むのをなんとか堪える。
「先生、広瀬君を保健室につれていきます」
 翼が教師にに進言すると、おろおろしていた教師は
「じゃあ、風祭、沢邑、つれていってくれ」
と、翼と森に指示する。
「あの…広瀬……」
 海に突進した生徒が申し訳なさそうな顔で近づいてくる。
「大丈夫だ……」
 そう軽く微笑んでみせる。海にとっては授業中の事故なので、そんな顔をされても困るのだ。
「じゃ…行こうか。海」
 森が海に肩を貸して歩き出す。翼はその傍らで海の様子を見ながら着いて、三人は保健室に 向かった。

「頭を打ったのね。吐き気はある?」
「いえ……」
 知的な美人の保健医の言葉に淡々と保健室のベッドに寝かされた海は答える。
「お昼に食べたものは覚えてる?」
「食堂のA定食でした。今日はトンカツとサラダ…サラダはトマトとレタスと玉葱…和風ドレッ シングでした。あとは薄揚げの
味噌汁とご飯でした」

「そこまで正確に覚えてるんなら大丈夫ね。吐き気もないみたいだし。軽い脳震盪でしょう」
 保健医の言葉に森と翼も安堵した顔を見せる。頭を打つということはかなり恐いことなのだ。
「念のために六時限目はここで寝てなさい。広瀬君なら一時間くらい授業を休んだって大丈夫
でしょう?」
「はい……」
 海がうなずくと保健医は森と翼の方を向く。
「悪いわね、二人とも。つれてきてくれたついでに頼むんだけど、広瀬君の荷物、六時限目 終わったら持ってきてくれるかしら。
歩いて帰れるんなら、それでいいし。駄目なら、担任の
先生にお願いするから」
「わかりました」
「悪いだなんて。先生のお顔を拝見する機会が増えたんですから」
「森!」
 どうしてこういう状況でもこの男はこうなのだと、海は怒鳴る。だが保健医も慣れてるので気に していない。
「あら…あたしは構わないけど……。もうすぐ、五時限目も終わるでしょ。先生に報告してらっ しゃい。心配してるはずだから」
「わかりました。森、行きましょうか」
「おう。じゃ、海、おとなしくしてるんたぜ」
 そう行って、出ていった二人を見送って、保健医はくすくす笑う。
「奇妙な取り合わせよね…あなたたち。だからこそ…仲がいいのかしら。最近は一年生の子たち とも仲が良さそうだし。ま…友達は
大切になさい」

「はぁ……」
 一年生とは…炎と竜のことを指しているのだろう。もともと仲が良かった森と翼はともかく、 問題児の竜と炎と一緒にいる風紀委員
長というのはかなりの違和感があるらしい。

(本当にペースを乱されっぱなしだったからな……。こういう休息もいいかもしれん……)
 そう思い、瞳を閉じる。そして、海はまどろみの中に沈んで行くのだった。

 そして、五時限目の休み時間。
「森と翼いる?」
 二年生の教室に恐れもなく入ってくる一年生に森と翼以外の生徒は多少戸惑っている。
「よ…炎」
「どうかしました?」
 快く迎える二人に炎は教室の中をキョロキョロ見回す。
「どうした?」
「いや…さっきの時間、海を抱えていってただろう。海に何かあったのかなって……」
 この言葉に森と翼は顔を見合わせる。
「見てたんですか?」
「いや…さっき、俺んとこのクラス、化学の実験でさ。おまえらのクラス体育をしてるから、 見てたら、ちょうどおまえ達が海を抱えていって
たから……」

 確かに化学の実験室からなら、グラウンドが見える。サボっていたわけではないとわかるのは、 炎から微かに薬品の香りがするから。
「軽い脳震盪ですから、大したことないですよ」
「そっか…良かった。俺、びっくりしちまったぜ」
 翼の言葉に安堵したような表情を見せる炎。
「ほう、普段はあんなにうるさがってるのにねぇ……」
 からかうように森の口調。炎はぷいと顔を背ける。
「だって…仲間じゃねえか。心配して何が悪い」
「いやいや…悪くはないって……」
 そういって、炎の頭を撫でる森にムッとした顔をする炎。
「大体…あいつは何にでも熱心すぎるんだよ。一直線すぎて、生真面目なんだからな……」
 炎の言葉に翼は内心、生真面目を抜いて、猪突猛進をつけくわえると炎ですね…と、思って
しまったが口には出さず、ニコニコと聞いててやる。
「だから…きっと……」
 その次の炎の言葉を聞いて、森と翼は一瞬固まってしまった。それは炎にしては微かな声だった から、ともすれば聞き逃しそうになったし。
「炎……」
 思わず惚けた感じで呼びかける森と翼に自分の言葉を思い出して、炎は赤面してしまう。
「じゃ…大したことないんなら、俺もう帰るから」
 そう行って、すたすたと出ていった炎を見送る森と翼。
「なぁ…炎の言葉覚えてるか?俺の聞き間違いじゃないよな……」
「炎らしい…言い方ではあると思うんですけど……」
 台風一過と行っても違和感がない炎の言葉にただただ呆然とするだけの二人であった。

 そして…六時限目が終わった時。
「よ…海。おとなしくしてたか?」
「はい、制服と鞄」
 翼に渡された制服と鞄を受け取る。体育の授業中のことだったので、体操服で寝かされていた のだ。
「すまないな…二人とも……」
「仲間でしょう。当たり前のことですよ」
 ニコニコという翼に森も頷く。
「気にするなよ。そういや、炎も気にしてたぜ」
「炎が?」
 森の言葉に首を傾げる海。
「授業中におまえが倒れたの見てたんだと。休み時間に飛んできたんたぜ」
 その様子をおかしそうに森は言う。信じられないことを聞いているような気がする。
 ガラ! 
「え…竜……?」
 突然窓ガラスが開いたかと思うと、そこには竜の姿。裏山で採ったのか、手にはたくさんの 果物を抱えている。
「見舞いだ……」
 その言葉とともに、海に手渡される果物。受け取ったのを確認すると、竜は再び窓から出ようと する。
「こ…こら、きちんと、扉からでないか、竜」
 海の言葉に竜は振り返る。
「人のことを言う前に…あまり、炎に心配をかけるな……」
「竜……」
 そのまま窓から出ていった竜を呆然と森と翼は見送った。
「何だったんだ…あいつ……」
「僕に聞かないでください……」
 これが彼らに言える最大のことだろう。
「広瀬君…帰れる? 担任の先生にお願いするけど……」
 保健医がかけてきた言葉にようやく現実に戻る。
「はい…大丈夫です。帰れます」
 そう返事して、ベッドから降りる。たちくらみはしない。
「じゃ、更衣室に行こうか。鞄もってやるよ」
「先生、僕達が一緒に帰りますから、大丈夫です」
「じゃあ、お願いね、お二人さん」
 三人が出ていくのをニコニコと見送りながら保健医の最後の言葉。
「でも…お友達にはちゃんとドアから入ってくるように行っておくのよ、風紀委員長さん」
「………」
 返す言葉もない海であった。

 体操服を着替えて、更衣室を出ると森と翼が待っていてくれた。
「すまないな……」
「何度も言わせるなよ…俺らは気にしてないって」
「僕らだけじゃなくて、炎と竜にも言わないとね」
 保健医がくれた紙袋の中に入っている竜が持ってきてくれたたくさんの果物を両手に抱えて、 翼は笑う。
「そうそう。竜はともかく、炎が可愛いこと言ってたんだぜ」
 思い出しながら、森がおかしそうに言うと、翼もくすくす笑う。
「まさか、炎があんなことを言うなんてね……」
「炎が何を言ったのだ?」
 首を傾げる海に森と翼は顔を見合わせて悪戯っぽい表情になる。
「おまえが生真面目で一直線で、何にでも熱心すぎるから……」
「私が? それがどうした、あいつがいい加減なだけではないか」
 さも当然そうに言う海に森は笑いを堪えながら続けた。
「だから、神様が休ませたんだって…さ……」
「神様が…って、炎がか?!」
 信じられない言葉を聞いたような気がする。
「僕も森も自分の耳を疑いましたけど…炎らしい言い方じゃないですか。自分で言った言葉に 真赤になってましたけど
……。なんだかんだいって、心配してるんですよ」

 その時の表情を思い出して翼は楽しそうな表情になる。だが、言われている海は信じられないと 言った表情のままで。
「炎……」
 いつも手を焼かせている少年。どれだけ見離してやろうかと思ったくらいだ。けれど、それが 出来ないのは、何となく
放っておけないのと、何よりも仲間だからと言う思いから。だが、それを
認めることが出来るほど海は大人ではなかった。
「な…何が神様が休ませた…だ! 苦労させてると思うのなら、普段の生活態度を改めればいい だけではないか」
 思ってもいない言葉が口から出てくる。そして、すたすたと二人の前を歩いてゆく。
「あーあ、素直じゃないんだから……」
 呆れたように翼が呟く。
「ま、炎もらしくないこと言ったからなぁ……。しかし、脳震盪おこしたばかりなのに、元気だ ねぇ……」
 半分呆れながら、半分感心しながら、森も頷く。あの風紀委員長を変えることが出来るのが問題 児である炎と言う取り
合わせが何となく面白い。所詮は他人事。関わるなら、楽しいほうがいいと
思うのはいけないだろうか。
(私は…何を口走った……。大人気ない……。)
 自分自身の態度に戸惑う海。けれど、何か言おうとしても今は墓穴を掘るだけだ。心をしめた 炎が言ったという言葉。
(神様が休ませた…か……。そんな日も…いいかもしれん……。)
 そんなことを考えて、海は森と翼の前をすたすたと歩いてゆく。今、振り返ったら、どんな顔を 彼らに見せるか分からない。
森と翼もその辺は心得ていて、海に遅れないだけのスピードで着いて
きてくれる。
 今日は午後からいろいろとありすぎたけれど…こんな日もいいかも知れない…そう思いながら、家路を急ぐのであった。