あーんして
| 天気のいい日の昼休みの裏庭で食べるお昼は教室で食べるよりもずっと美味しい。 「猫さんも食べる?」 そう言って、少女が魚の切り身を置いてやると、葉月と仲のいい猫一家のお母さん猫はおいしそうに食べ始める。 「おまえ、おかず……」 「いいよ、他のおかずもあるし。葉月くん、遺さず食べてね」 にっこり笑う少女に葉月はこくり、と頷く。両親が不在がちでほぼ一人暮しの状態の葉月にお弁当を作るようになって数ヶ月。 ただ一つの問題を除けば、葉月は美味しいと思ってくれているらしいので、安心はしている。ただ一つの問題が厄介なのだ。 「駄目だよ、カイワレを残しちゃ」 「やだ」 そうそれが問題だった。生野菜の苦いものが大嫌いだといってのける葉月はカイワレを筆頭とするその手の野菜には手をつけ ようとしないのだ。 「駄目だよ、栄養があるんだから」 「嫌なものは嫌だ」 「好き嫌いしちゃ子供みたいだよ」 「まだ、未成年……」 「そんなこと言ってると、大きくなれないよ」 「もう困らない……」 普段は無口で近寄りがたい印象を与える葉月にここまでの会話をこなせる少女はある意味、達人の域に達しているかもしれ ない、というのは少女の親友の言葉。だが、そんな言葉はありがたくも何ともない。 「どうして食べたがらないかなぁ……」 「……嫌いだから」 ここまできっぱりと言われると、いっそのこと清々しい。 「えっと、じゃあね……」 そう言いながら、少女は葉月の弁当箱からカイワレを箸で掴んで葉月の口元に。 「はい。あーんして」 「……」 「えっと、新婚さん風で攻めて見ました」 言ってる本人も照れ臭いのか、真っ赤な顔で上目づかい。 「ん……」 ゆっくりと葉月はカイワレを食べ始める。 「苦……」 「でも、食べてくれたね……」 ホッと安堵の溜息。食べてくれたのは嬉しいが恥ずかしいものは恥ずかしい。 「まだ、あるけど……」 「た、食べさせてあげなきゃ駄目?」 「ん……」 一度決めると、後は引こうともしない。本当に子供みたいだ。 (子供に食べさせてるみたい……) そう考えると、気が紛れるかもしれない、そう考えながら、再び残りのカイワレを葉月の口元に運ぶ。だが、その考えは見事に 打ち砕かれた。 「あーん」 「え?」 口元に運んでこられたのは卵焼き。少女の嫌いなものではない。 「何? 私、食べられるよ」 両親の教育の賜物で好き嫌いはほとんどない。だから、こんなことをされる理由もないのだが。 「俺ばかり食べさせてもらうのも不公平……。嫌、か……」 「〜」 ずるい、と思う一瞬。こんな無防備な瞳を見せられたら、嫌だなんて言えるはずもない。 「いただきます……」 今日のお弁当の卵焼きは海苔を巻き込んであって、程よい塩味なはず。だが、妙に甘い味がしたのは少女の気のせいなのか、 そうでないのかは謎である。 「なぁ……」 「な、何?」 少女が反射的に身構えてしまうのも、無理はない話。葉月自身に自覚がないのは幸いなのか、そうでないのか。 そうして、昼休みの裏庭にはお弁当を食べさせあう二人の姿が何度も目撃されることとなることでもたらされる騒動はまた別の話と なる。 |
教室では絶対にやってほしくないなぁ……。あてられるだけだもの……。