芸術家と天使


 ある日の曜日の朝。感性の教官であるセイランは気ままに朝の散歩を楽しんでいた。
(光に溢れた楽園。大いなる生命力を感じる……。これが陛下のお力なのか……)
 女王候補たちに感性を説く教官として、招かれるまで、彼にとっての聖地はおとぎ話の楽園のようなイメージだったけれど。
実際に触れてみると、そのイメージはいい意味で崩れて。神様のような存在である女王陛下や彼女に使える9人の守護聖達は
あまりにも人間らしい。

『たまたま、その力を持ったから守護性になったんだ。そんな偉そうな存在でもないさ』
 そう言ったのは彼が親しくしている炎の守護聖だった。だから、自分らしくあることを捨てはしない、と。
(あの二人はどうなるのかな……)
 ふと思うのは彼の生徒二人。互いに競い合って、新宇宙を育んでいる。ふと、そんなことを考えていると……。
「……?」 
 フワリ…と空から降りてくる物体にセイランは手にとってしまう。
「帽子だ……」
 真っ白なレースのリボンが飾られた帽子。そして、次にはガサガサと生垣が動く。ジッと、その様子を見ていると……。
「ふぅ……」 
 大きくため息をつきながら、一人の少女が姿を現す。少女はセイランに気づくと、にっこりと笑顔を向ける。
「あら、おはよう」
「……おはよう」
 初めて会ったとは思えない。知っているはずだ。だが、思い出せない。明るいフワフワの金の髪はリボンで二つにまとめている。
レースで縁取られたワンピースは少女の愛らしさを引き立て、エメラルドグリーンの瞳は少女の無邪気さを映し出していて。

「あ、帽子、拾ってくれたのね。ありがとう」
 鈴の音のような声。やはり、聞いたことがある。それなのに、何故、思い出せないのか。記憶にはそれなりには自信がある。
「あの……?」
「あ、ゴメン……」
 慌てて、差し出すと、少女は受けとってかぶってしまう。帽子をかぶると、少女はますます幼く見えてしまう。
「…ねぇ、ここで私を見たこと、誰にも言っちゃ駄目よ」
「え……」
「ね♪」
 戸惑うより先に、そっと人差し指をセイランの唇に当てる。無邪気な笑顔で念を押されると、何故か逆らえない気になる。
「別にいいけど……」
 赤の他人が何をしてようが干渉するいわれはない。セイランの心情である。
「ありがとう。じゃ、これ、口止め料ね」
 手に持っていたバスケットから、取り出されたのは可愛らしくラッピングされたカップケーキ。
「暖かい……」
「うん、焼きたてだから」
 フワフワで暖かいそれは、まるで目の前の少女のようだ…。そんなことを思ってしまう。
「じゃあね」
 フワリ…と少女がスカートの軽やかに裾を翻し、駆けてゆく。天使の羽を広げたように。一人残されたセイランはまるで幻を見た
ような錯覚に陥ってしまう。

「甘いものは嫌いじゃないけどさぁ……」
 言葉とは裏腹にセイランの口元には笑みが浮かんでいる。こう言う翻弄は悪くない…そう思えてさえ来る。
「さて、どうしようかな……」
 手にしたカップケーキをもてあましながら、散歩の続きを始めようとすると……。
「あちらを探しなさい」
「はい」
 パタパタと走り回る音。命令しているのは女王補佐官であるロザリアの様子。
「……随分とお忙しいようですね」
「ええ、ちょっとね」
 声をかけると、どこか言葉を濁すような態度。だが、セイランの持つカップケーキに気づくと、セイランに詰め寄ってくる。
「セイラン、そのケーキは何処で手に入れたのです?」
「ロザリア様に言うほどのものじゃないですよ」
 その態度にロザリアはため息をつく。彼がこう言う性格なのはわかっていたはず。だが、背に腹を代える事は出来ないのだ。
「あなたと押し問答をしている暇はないのよ。もしかして、エメラルドグリーンの瞳をしたフワフワの金髪の女の子だったんじゃ……」
「わかってるんなら、聞かないで下さいよ」
 だが、そのセイランの言葉はロザリアの顔から優美な笑みを簡単に奪い去ったようだ。
「もう、あの子ったら〜。いつまで立っても、女王の自覚がないんだから!」
 ふぅっと大きなため息。今度はセイランが戸惑う番。
「…あれ、陛下だったんですか?」
 言われて見れば、どこかで会った気がする筈である。ただ、あまりにものギャップに気づけなかっただけだ。
「そうですわ。どちらに行きました?」
「……あっちだったかな?」
 曖昧な口調で指を差すと、
「御協力、感謝いたしますわ。くれぐれもこのことは内密に」
との言葉を残し、ロザリアは走り去ってゆく。その後ろ姿を見送ると、セイランはポツリと呟く。
「僕はあっちかなって言っただけだけどね」
 指差した方向は少女が去ったのとは逆の方向。素直に教えるはずがない。
「これでケーキのお礼になるかな」
 呟いて、クスリと笑みをこぼす。その表情にいつもの皮肉げな色はなくて。悪戯好きの少年のそれであった。

何故だろう、セイラン・コレット書こうとしていたはずなのに……。まぁ、こう言うのもありかな…。

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