ガラスの王国
グ……!」
断末魔の悲鳴が上がる。そして、ただの肉塊となる。それを見下ろす、青年は唇の端を微かに歪ませ、笑う。
「愚かな……」
漆黒の髪は闇を思わせ、纏う衣装も闇のもの。所々、鮮血に染まっている。彼自身の腕も、真紅に染まって
いる。ただの
肉塊となった侵入者を見下ろすその瞳は魔性を思わせる金銀妖瞳。
「ここは我と我が伴侶の聖なる場所……。何人たりとも、踏み込ませぬ……」
青年はこの迷宮の守護者であり、この迷宮に守られた城の主。侵略者を刈るのは当然のこと。
青年の名はレヴィアス。かつて、“皇帝”を名乗り、この宇宙を侵略しようとした者。だが、彼の名を何人の者が
憶えているのか。
彼がただ一人の少女を手にし、自らの伴侶として、その手にした時、その手にした時、新たな火種が起こった。
少女は穢すことの許されない天使。天使がその意志で青年の傍に居ることを望んだとしても、許されるべきこと
ではない。何人もが天使を取り戻そうとして、彼に返り討ちにあった。青年にしてみれば、少女一人でこの宇宙を
手に入れることをやめたのだから、当然のこと。もう…手放すことのできない天使。譲れるはずもない。
「また…血に染まったな……」
血の匂いには慣れている。他者を踏みつけて、生きてきたのだから、当然と言えば当然。だが、彼の天使には
この匂いを知られたくない。それはエゴイズムに過ぎないことは判っている。彼女と共にあるために、今まで以上に
他者を踏みつけなければ、ならないのだ。だが、それでも、天使には知られたくなかった。
ボウッ! 青年の掌から放たれた炎が号音をあげて、肉塊の存在を燃やし尽くす。その存在が確実に消えたのを
見届けると、青年は迷宮を後にした。
迷宮に守られた城には光溢れ、色とりどりの花が咲き乱れている。どこまでも青い空。清らかな水を湛える泉。
小鳥たちも楽しげに歌う。だが、それはすべて偽り。色とりどりの花はガラスで作られた偽りのもの。小鳥は永久に
歌う紛い物。泉すら、ガラスで作られた。そして、差し込む光の角度は凍りついたまま。作られた偽りの楽園。
ただ、一つだけ、違うもの。偽りの、作られた楽園の中で、それでも何かを見いだそうとするかのように偽りの空を
見上げる少女。かつての天使はそれでもその目映い笑顔が変わることはない。
「レヴィアス……」
青年の存在に気づくと、少女は破顔する。ここは彼と彼女の二人だけの楽園で。だから、青年の存在がないと、
不安げな顔をいつも見せる。
「アンジェリーク……」
血に染まった自分自身を見られたくなくて、背を背けようとする青年より先に、少女が彼を抱き締める。
「血の匂いがする……。また、あなたは罪を背負ったのね……」
「……離せ。おまえが穢れてしまう」
レヴィアスの言葉にアンジェリークは首を振る。
「どうして……? あなたとともにいることを選んだのは私の我儘だわ。そのために、あなたは背負わなくてもいい罪を
全部背負ってしまったのよ……」
そっとレヴィアスの手を取る。
「殺されるべきなのは…私。故郷よりも、自分が治めなきゃいけないはずの宇宙よりも、故郷よりも、あなたを選んだ
んだから……。立派な “裏切り者”だわ……」
「……」
そうではない。捨てさせたのはレヴィアスだ。この天使が自分自身に向ける愛を利用した。自分だけのものにしたくて、
捨てさせたのだ。
「何も言うな……。おまえは何も知らないままでいい。ただ、我の腕の中にいればいい……」
そう、何も知らなくてもいい。この偽りの楽園の中で永遠に孵化せぬままに眠り続ける雛のように、静かに彼女は彼を、
彼だけを思い、時を過ごせば。ここは二人だけの王国。すべての世界から、時間から遮断された場所。
「……」
そっとアンジェリークはレヴィアスの手に指先に舌を這わせる。
「アンジェリーク?」
戸惑い、手を引こうとするが、アンジェリークは首を振る。
「あなたの浴びた血を嘗め取るの……。そうしたら、私もあなたと同じモノになれるでしょう?」
うっとりと囁くアンジェリーク。なおもレヴィアスの手に舌を這わせようとする。
「よせ、アンジェリーク……」
自分はどれだけ堕ちてもいい。だが、この天使が堕ちることには耐えられない。穢れるのは自分だけでいい。
「どうして? あなたは私のために罪を背負うのに……。あなたと背負う罪を分かち合いたいの……」
そう告げる天使の表情は何よりも慈愛に溢れていた。閉ざされた楽園の中、二人だけの空間で。すべてを捨てても
なお、青年に向けるのは天使の慈愛。
「愛しているの……」
その言葉がとても心に響く。甘い痛みと共に。レヴィアスはアンジェリークをきつく抱き締める。
「ああ…愛している……。死すらも、我とおまえを分かつことはできぬ……。我がそう決めた……」
「じゃあ…もしも、その瞬間が来たら、一緒に逝こうね……」
「ああ……」
それは悲しいくらいに純粋な誓い。永久の愛を刻むよりも先に、互いを刻みつけて。
永久を誓うよりも強く願う。最後の瞬間まで共にあることを。
くちづけは…それでも、甘かった……。
モチーフは谷山浩子さんの「王国」。裏にするつもりで書き始めたんですが、これはこれで綺麗な世界観になったので…。
裏が読みたい方は、御一報を。裏を書くつもりだったし、ノリノリで書くかもしれません(笑)
|| <Going my Angel> ||