賢者の贈り物


 メイがそれを見つけたのは季節祭に出ていた露天の古物商であった。
「わぁ、綺麗……」
 小粒のガーネットをいくつも台座に敷き詰めたその指輪は落ち着いた輝きを放っている。
「こういうのが似合いそうよね……」
 指輪は女性サイズではあるが、趣味のいい鎖を通せばペンダントトップになるだろう。それにガーネットはお守りになるという。
渡したい相手は旅から旅への身の上。旅のお守りになればいいな、と思ったのだ。
「お嬢ちゃん、目が高いね。そんなにガーネットの粒が揃ったのはめったにないよ」
 愛想よく主が声を掛けてくれるが、着いてる値段はなかなかで。魔法研究員に居候も同然のメイには出せる値段ではない。
(でも、絶対に似合うのになぁ……)
 諦めの溜息を一つついて、他の商品に目をやれば、他愛もないプラスチックのカップに高めの値段がつけられている。中には
指輪よりも高いものもある。メイには信じられない世界だ。
「おじさん、これって高すぎない?」
「何言ってるの。なかなかのお宝なんだよ!」
 力説するおじさんにメイはふとあることを思い出す。以前、骨董屋に連れていってもらった時にやはり同じ感想を抱いたことと、
その時に店の主がメイの持っていた異世界の物を珍重がっていた。
(もしかしたら、売れる?)
 考えてはみるが、価値観が違うので、本当に売れるかどうはわからない。仮に価値があっても、買い叩かれるかもしれない。
「おや? 珍しいな」
「隊長さん!」
 見慣れた顔にメイは思わず笑みを零す。
「こんにちは、メイ」
「やっほー、シルフィス」
 隊長さんことクライン王国騎士のレオニスと友人である騎士見習のシルフィス。
「ガゼルは?」
「この人込みで離れてしまって……」
 軽く肩を竦めるシルフィスにメイはクスリと笑う。
「何か入り用なのか?」
「えっと……」
 レオニスの存在にあるアイデアが思い付く。骨董品が判るレオニスなら、自分の私物の価値が判ってもらえると思ったのだ。
「ねえ、隊長さん、これっていくらくらいだと思う?」
「は?」
 いきなり、物品の鑑定を頼まれて、流石のレオニスも面食らってしまうが、メイの表情がとても真剣なので、話を聞いてやろう
とは思った。メイが差し出したのは携帯電話のストラップやプラスチックの下敷き等。どれにしても、価値ある骨董品を惜し気も
なく差し出すメイにレオニスが戸惑うが、シルフィスが慌て出した。
「ちょっと、メイ。これは貴方の大事な私物でしょう?」
 以前、魔法研究院の長老たちに私物を研究のためだと使われ、壊された時にひどく悲しんだのをシルフィスは覚えているからだ。
「でも、どうしても欲しいものがあるの! あたしは価値が判らないから、隊長さんに価値があるかどうかみてもらいたかったの!」
 真剣なメイの様子に主もメイの持ち物を覗き込む。
「いいものをお持ちだね。これだけのものをおしげもなく売るのかい?」
「これで、その指輪が買えるならね」
「ふむ」
 主は考え込んでいる。確かに価値はあるが、指輪もそれなりの代物なので、おいそれと交換などできない。だが、メイの真剣な
顔を見ていると無下にもできない。
「主よ。その指輪の値は幾らだ?」
「こ、これだけになりますが」
 恐持ての騎士がいきなり口を開いたので、思わず硬直しつつ、返事はする。商売人はこうあり
たい。
「なら、メイ」
「え?」
 戸惑うメイの手の中にお金を置いて、レオニスはメイの手から、私物を取る。
「私がこれを買い取ろう。それでその指輪を買うといい」
「いいの、隊長さん?」
「欲しいのだろう? 早くしないと、売り切れてしまうぞ」
 優しく頭を撫でるその行為は子供扱いされたような気分になるが、それ以上に嬉しくて。メイは満面の笑顔をレオニスに向けた。
「ありがとう、隊長さん! そういうわけだから、おじさん、その指輪をちょうだい。あと、このチェーンも」
 指輪の傍らにあったシルバのチェーンのネックレス。これなら、今月のお小遣を諦めれば何とかなる。
「うーん、高い買い物をしてもらったし。チェーンはおまけしとこう」
「さすが、おじさん。ありがとう。あ、あのね、チェーンを指輪に通して包んでね」
「はいはい」
 注文通りに主が包んでくれるのをメイはワクワクしたような瞳で見つめている。
「でも。珍しいですね。メイならサファイアとかだと思ったんですが。同じ赤でもルビーとかね」
 不思議そうな顔シルフィスがメイに問い掛けて来る。ガーネットの落ち着いた雰囲気は元気なメイのイメージとはちょっと違う
気がしたのだ。
「あたしのじゃないよ。あげたい人がいるんだ」
 はにかんだ笑顔で答えるメイのその様子に想人への贈り物であることが見てとれた。少し悔しくあったものの嬉しそうなメイの
顔を目にしては、何も言えない。
「喜んでもらえるといいな」
「うん」
 飛び切りの笑顔を見せるメイはやはり可愛かったのだから……。


「……」
 その光景を目にした時にイーリスが感じたのは紛れも無い不快感であった。今日は季節祭で。イーリスには絶好の稼ぎ時。
いつもの場所で演奏するには時間があるので、気まぐれに市を覗いてみようと思ったのだ。もしかしたら、ここで会えるかも
知れないという淡い期待もあったかもしれない。だが、その期待は不快な形で叶った。
(ふーん、そうなんですか……)
 露店の前で楽しそうに自分以外の誰かに笑顔を向けているメイ。あまつさえ、お金を受け取って何かを買ってさえいて。本当に
嬉しそうに笑っているのだ。
(あなたもその手の人種ですか? それとも、恋人からの贈り物ですか?)
 できれば前者で、ものにつられる前者の方がずっとましだと思った。だが。メイがそんな人種でないことは判っているし、一緒に
いるレオニスやシルフィスがそんな人種を相手にする筈もない。どう考えても後者しか思い浮かばない。
「……」
 それ以上、その光景を、他人に向けられるメイの笑顔を見たくなくて、イーリスは踵を返してしまった。


 いつもの場所でいつものように演奏を始める。これで食べているだから、心が乱れようとも、演奏を間違えるようなことはない。
だからと言って、演奏に集中している訳でもない今日の演奏は自分でも判るくらいに最悪であった。
(私らしくない……)
 聴衆はたいていがイーリスの外見に釣られた女性達なので多少の調子の悪さでもうっとりと聴き入ってお金を落としてくれる。
自分に納得できないだけだ。
(今日はとっととひきあげよう……)
 取り巻き達を適当にあしらい、片付け始めた頃に今日の不調の原因が現れた。
「イーリス、もう帰るの?」
「メイ……」
 人懐っこい子犬のような笑顔。いつもなら、それをとても可愛くて、好ましいと思えるのに、今日はそんな気分にはなれなかった。
「こんにちは。生憎、今日はこれでしまうのですよ。今日は急ぎますので」
 自分でも驚くくらいに慇懃無礼だった。笑顔も強張っている。営業用の笑顔すらできない。
「あ、いいよ。ちょっとだけだから」
 そう言いながら、メイは包みを取り出す。さっきイーリスが見たものだ。
「あのね、イーリスってこういうの……」
「見たくありませんよ!」
「……え?」
 しまった、と思った時には遅く、言葉は鋭い刃となっていた。
「あ、あの、イーリス?」
 普段のイーリスとは全く違う態度にメイは戸惑っている。
「誰かに買ってもらった物をわざわざ見せびらかしに来たんですか?」
「違うよ、これはイーリスにお守りにって……」
「幸福のおすそわけですか? いりませんよ、そんなもの……」
 言葉が勝手に独り歩きして。剥き出しの刃のようだ。仮にも言葉を紡ぐ道を歩いているのに、だ。
「……何よ」
「メイ?」
 メイの声が、握り締めた手が震えていた。
「イーリスの馬鹿!」
 パシッとイーリスに包みを投げ付けると、メイは駆け出してしまった。立ち去る瞬間のその瞳には涙が光っていた。
「メイ……」
 自分の言葉に傷ついたであろうメイの後ろ姿にイーリスの胸が痛んだ。俯くと、投げ付けられた包みが目に入った。僅かに
緩んでいるそれを包み直そうと広い、中を開けて見ると、中には小粒のガーネットをいくつも集めた指輪をシンプルなシルバーの
ネックレスに通したものが入っていた。
「……」
 複雑な気持ちが支配する。メイにもこの指輪にも何の落ち度もない。イーリスの勝手な苛立ちからなのだから。
「こんにちは、イーリス」
「あ、こんにちは」
 アンヘル族の騎士見習はよく演奏を聞きに来てくれる。だが、今は会いたくない相手であった。
先程、メイがこの指輪を買う時にシルフィスもいたのだ。何となく顔を合わせづらい。
「今日は演奏は……」
 聞きかけたシルフィスの言葉が止まり、イーリスの手にある指輪に視線が止まる。
「メイはあなたにそれを贈ったんですか。確かに似合ってますね」
「……」
 受け取ることを拒否し、あまつさえメイを傷付けたと知れば、シルフィスは怒るだろうな、と漠然とそんなことを考える。だが、
イーリスの考えとは別方向にシルフィスを言葉を紡いだ。
「それ、大切にしてくださいね。メイは大事にしていた異世界の私物を手放して、それを買ったんですから」
「え?」
「そりゃ、メイは言わないかもしれませんけど」
 イーリスの心の中で瞬時にパズルが組み立てられてゆく。見つけられなかった、見つけようとしなかったパズルの一欠けらが
パチン、とはまったような気がした。
「シルフィス!」
「は、はい?」
「詳しい話を聞かせてください!」
 取って喰わんばかりの、初めて見るイーリスの勢いに飲まれ、シルフィスはこれまでのことを説明した。


 夕暮れ時の湖でメイは一人で膝を抱えていた。もうすぐ門限だけれど、帰りたくない気分だったのだ。それに泣き腫らした目で
帰れば、普段は口うるさい保護者が死ぬ程心配する。
(あたし、嫌われたのかなぁ……)
 受け取ってくれない可能性は考えてなかった。彼が取り巻きの女性達の贈り物を受け取る光景を目にしたこともあるからだ。
それなのに、受け取ってもらえないということは嫌われているからだとしか思えない。
(このまま、夜に溶けていきたい……)
 そう思い、メイは俯いた。
 どれくらい、そうしていたのか。夜の戸張がすっかり落ちた頃に、未だに俯いたままのメイに声が降って来た。
「ここにいたんですか?」
「イーリス?」
 大きな目をさらに丸くして、メイはイーリスを見つめる。
「良かった、探しましたよ……」
「探すって、あたしを……?」
 よく見ると、イーリスは息せききっていて。ずっと走っていたのだろうか。こんなイーリスを見るのは初めてだ。
「もし、許されるんなら、これを受け取っていいですか?」
 そういって、イーリスが差し出したのはメイが投げつけた包みの中身。ガーネットの指輪をペンダントトップにした、銀の鎖。
「イーリス?」
「駄目、ですか?」
 ふるふると首を振るのが精一杯で。その様子に気づいたイーリスはよかったと笑顔を見せて、それをつけた。思った以上に
イーリスに似合っていた。
「じゃあ、私からはこれを」
 そう言って、イーリスが差し出したのは……。
「これ、何で……?」
 それは、メイがレオニスに買ってもらった異世界の私物ばかり。
「クレベール大尉から買い戻しました。私の持ってる宝石の中で一番価値があるものと引き換えに」
「どうして?」
 柔和な外見と裏腹にイーリスの金銭感覚は厳しい。全財産を宝石に変えて持ってるのも、貨幣の価値は変わっても宝石の
価値は変わらないからだ。
「あなたがこれを手放した時の思いはあんな宝石よりも高価です。私にはこの指輪のほうがずっと価値がある……」
 シルフィスに問いただした後、イーリスは急いでレオニスを探し出し、この指輪と引き換えにしたメイの私物を自分に譲って
ほしいと交渉した。レオニスにしてみても、本気で買い取るつもりはなく、機会があれば返すつもりだったので執着があるわけ
ではなかった。
『ただし、これには彼女の想いという付加価値がついている。それに見合うものを出せるのか?』
 そうイーリスに突きつけてきた。そのとき、イーリスは迷いなく自分の宝石を差し出したのだ。それ一つでこんな指輪がいくつも
買えるほどの物をだ。イーリスの本気を汲み取って、レオニスは渡してくれたのだ。
「何で、そこまでするの? あたし、隊長さんに言って……」
「いいんです。こんな大馬鹿者にもったいないくらいの贈り物をしてくれたんですから……」
「イーリス?」
「勝手に嫉妬して、あなたを傷つけて……。そんな馬鹿な私に……」
「そんな、あたしは……」
 何か言おうとする姪をそっとイーリスは抱きしめる。驚いて身を竦めるメイにイーリスは優しい声でささやきかける。
「あなたの心がとても嬉しいといったら、迷惑ですか?」
「あ……」
 イーリスの顔に顔を伏せた状態なので、彼の胸元で光る指輪が目に入る。ちゃんと判ってくれたのが嬉しくて。メイはコクリ、と
うなずいた。
「ありがとう、メイ……」
 何に対してなのか、自分でも判らないけれど。そう言わずにはいられなくって。ゆっくりと顔をあげたメイにイーリスは極上の
笑みを浮かべた。


 お互いに一番大切なものを手放した恋人たちの物語は時を越えても語り継がれる。本当に恋人たちにとって大切なものは、
互いの相手で。その想い合う心こそが何よりの贈り物なのだから……。


賢者の贈り物で書きたいなぁと思って書いたもの。それをまた押し付けたのですね。ちなみに作中で出てるガーネットの指輪は
知人がしているのを見て、いいなぁと思ったからだったりします。