A children's day

 五月の連休にぽっかりと開いた穴のような休日、どこへ行くでもなく、竜は山海高校の裏山に聞いてた。入っていたバイトが
一つ延期になったため。妹の美奈子は友人たちと遊びに行くと出かけている。
「たまには静かな休日もいいか……」
 普段はうるさいくらいに傍にいる炎は今日は家に大事な客が来るとかで外に出られないらしい。
 いつもの木の下で、動物たちに囲まれてまどろみ始める。ゆっくりと竜は夢の世界に誘われていった。


 ワンワン! 犬の泣き声。
「ん……」
 目を開けると、自分を見つめる二対の瞳。一つは犬のもの。もう一つは……。
「あ…起きちゃった……」
 小学校低学年くらいの男の子。一見して判るやんちゃそうな瞳はきらきら輝いている。
「ごめんな、兄ちゃん。こいつと散歩してたら、ここまで来ちゃって。寝てるのかなぁ…って思ったら、こいつが声出すんだから」
 そう言いながら、傍らにいる犬をたしなめるように見つめる。
「ここは山海高校の敷地内だぞ。何で、小学生が……」
 大人げないと思うが、つい不機嫌な声を出してしまう。寝ているところを邪魔されたせいだけではなく、うるさそうな子供だから、
早くこの場を去ってほしかったから。
「だって…校門が開いてたもんな」
 傍らの犬の同意を求めるように声を書けると、犬のほうも頷く。
「開放日とかって…言ってたけど?」
「……」
 思い当たる言葉に竜は溜め息を吐く。山海高校の敷地は広い。地域との交流を図るために、月に何度かは休日に敷地を開放
している。

だから、部外者であるこの少年がいても、不思議ではない。もっとも、部外者であろうと、堂々と入ってきている人物は彼の仲間
にも
いるが。
「俺さ…鯉のぼりみたいな雲を見つけて、追いかけてたんだ。そしたら、ここまで来ちゃった」
 屈託なく笑う笑顔。どこかで見たことのあるような……。だが、何故だか、思い出せなくて。
「で、雲は?」
「もう言っちゃった。でも、すごく大きかったんだ。兄ちゃんも見れば良かったのに」
「……」
 もうこの年になって、鯉のぼりはない。答えに詰まってしまう。
「あ、兄ちゃん。起こしたお詫び。これ、食べて」
 そう言うと、少年はリュックサックから竹の皮に包まれた何かを取り出す。
「ばあちゃんが作ったちまき。美味しいんだぜ」
「……」
 竜の手に有無を言わさず、押しつけると、少年はもう一つ自分の分のちまきを取り出す。
「ケンタ、おまえはこっちな」
 ビーフジャーキーを取り出して、犬に出してやると、美味しそうに食べ始める。
(ケンタ……?)
 聞き覚えのある名。だが、偶然はいくつもあるはずだから。
「食わねぇの?」
「あ…ああ」
 どうも少年のペースに乗せられているような気がする。言われるままに竹の皮を剥いて、一口、口にする。
「うまい……」
「だろ?」
 竜の感想に少年は嬉しそうに笑う。ちまきには粒あんが入っていた。そのあんも市販のものより甘さが抑えられていて、後味も
悪くない。
「それに、竹の皮を使っているのもいい。香りが移るし、殺菌作用もあるからな」
「え、そうなの? 俺、てっきり包む紙がないから、こうしていると思ってた……。兄ちゃん、若いのに色々知ってるんだな」
「……」
 自分はこの少年よりもずっと年上であるがが、何故、こんなに遠慮のない物言いをされるのか……。
「でも、ここ、本当、自然が多いよな。兄ちゃんはここの生徒?」
「まぁな……」
「ここの学校は楽しい? 友達はいる?」
 興味津々にのぞき込んでくる瞳。無視することはできる。だが、何故だか、逆らいがたいものがあって。
「そうだな……。自然も多いし、悪くはない。なんだかんだとうるさい連中はいるが……」
 何故、こんなことを見知らぬ少年に話してしまうのだろう…自分自身でも思うこと。だが、何となく話してしまう。
「いいなぁ。早く俺も高校生になって、ここの高校に入りたいな」
「受験があるぞ。勉強しなきゃ入れないが」
「う……」
 その言葉に詰まってしまう様子を見て、この少年があまり勉強が好きでないことを容易に察してしまう。
「で、でも。入るって決めた。な、ケンタ」
 すっかりビーフジャーキーを食べ終えた犬はのんびりとくつろいでいて、話など聞いちゃいない。
「随分、仲が良いんだな」
「うん。生まれた時から一緒だし。ケンタは俺の兄ちゃんだから」
 にっこりと笑顔で犬を引き寄せる少年。本当にその犬と仲が良いことがわかる。竜はしばらくこの少年と犬とつきあうことになって
しまった。だが、それも悪くない…何故か、そう思ってしまった……。

 楽しい時間も過ぎて、そろそろ夕暮れ時。子供は家に帰る時間。
「そろそろ、帰らなきゃな」
「うん、兄ちゃん。今日は楽しかった」
 満面の笑顔の少年。
「あ、兄ちゃんの名前聞いてなかった。兄ちゃん、名前は?」
 今更ながらの質問に、少し戸惑ってしまう。何となく、名前を聞けなくて、名乗れなかったことを思い。
「俺、エン」
「エン……?」
 世の中には似たような名前があると、思ってしまう。だが、まだ何かが引っかかる。
「うん、炎って書いてエン。大堂寺炎って言うんだ」
「何……?」
 同姓同名と思うが。妙に引っかかりすぎる。炎が昔買っていた犬の名はケンタと言わなかっただろうか。
「兄ちゃんの名前は?」
 じっとのぞき込んでくる瞳に逆えなくて。そう、その視線にいつも捕われていた。
「リュウ……」
「リュウ? かっこいい名前だな!」
 屈託なく笑う。見た覚えのある。そう…その笑顔の印象は変わるものではないから。
「じゃあ、リュウ。バイバイ!」
 ケンタをともなって、去ってゆく炎。
「あ……」
 何か声をかけようとするが、かけられなくて。竜は一人残される。やがて、夕闇は静かに竜を包んでいった。


「竜! 寝てんなよ!」
 突然の頭上からの声に竜の意識が引き戻される。
「ん……?」
 意識を声の方向に向けると、そこには……。
「炎……」
「やあっと起きやがったぜ。ずっと、呼んでたのにな。ミユキ」
「クゥン……」
 見つめてくる二対の眼差し。一瞬、動揺しそうになる自分の心を抑える。
「用事があるんじゃなかったのか?」
「ああ。ばあちゃん、帰ったし。ばあちゃん、ちまき作って来てくれたんだ。おまえが好きそうだから、おまえの分も持ってきた」
 その言葉とともに差し出されるのは竹の皮に包まれたちまき。包みを解いて、口にする。
「うまい……」
 味はさっき食べたものと変わりがない。あん入りのちまき。甘味を程よく抑えた……。
「だろ? ばあちゃんの味なんだ」
 まるで自分のことのように炎は屈託なく笑う。懐かしい…そう感じてしまう笑顔。
「珍しいな…今時、竹の皮なんて……」
 話題を反らせようと向けた言葉。だが……。
「ああ。でも、竹の皮は殺菌作用があるって話だし。昔、教えてもらったんだ」
「……」
 その言葉に戸惑う竜に気づかず、炎は懐かしそうに話を続ける。
「昔、ここに来たことがあってさ。その時、会った兄ちゃんにそのことを教えてもらったんだ。愛想が悪そうな兄ちゃんだったけど、
そんなことなくて。その兄ちゃんとはそれきりだったけど……」
「……」
 なんて言ったらいいのか判らない。夢…だったのか。それとも、現実なのか……。
「どうした、竜? 顔が赤いけど……」
「別に……」
 ぷいと顔を背けてしまう。出ないと、どんな顔をしていいのか判らなくて。
「変な奴……」
 おかしそうに炎は笑っている。ミユキは不思議そうな顔を竜に向けている。何だか、それが悔しくて。炎が知らないところで、炎に
振り回されている。そんな気がして。
「うるさい」
 せめてもの意趣返しと言わんばかりに、竜は炎に口づける。少し甘く感じたのは…あんのせいなのか、それとも……。 

イベントで出そうと思ってた話。子供の日なんで、こう言う話もいいかなぁ…と。ちなみに炎が持ってきたちまきはうちの母が
昔よく作ってくれたものなの。うちの母のは美味しいのよ。竹の皮にそんな意味があると知ったのはつい最近……。