Believe



 夕闇は周囲を染めてゆく。それは新宇宙でも同じこと。
「今日はここで野宿だね」
「ええ……」
 新宇宙で生まれた最初の人間の生命であったはずの存在、アリオス。成長し、記憶を失った姿で現れた。そして、何者かに
操られ、アンジェリークを手に掛けようとした。彼自身でもコントロールの着かない混乱。

 そんな彼と共に、金の髪の女王が治める宇宙を飛び出し、彼の記憶の糸を手繰り寄せようと、かつて旅した土地を訪れては
みたが。結局、何も思い出せないままに一日が過ぎてしまった。

「すまない……。何か思い出せたら、良かったんだがな……」
 少し疲れたようなアリオスの言葉にアンジェリークは首を振る。
「謝らないで。これはあなたを守れなかった、私の責任でもあるの」
 大切に育てていた、この宇宙最初の人間の生命。それを何者かに操られる…ということになって。女王としての彼女の責任で
ある。

「それに、私はあなたが大切だから。大切な人のために頑張るのは当然のことよ」
 迷うことのない瞳で告げられる言葉。一見果敢無げながら、その瞳は意志の強さをそのまま映し出している。
「アンジェ。何か食べるものを探しに行こう。お腹がすいていたら、悪い方にばかり考えちゃうよ」
「そうですね」
 マルセルの言葉にアンジェリークは笑顔を返す。マルセルの言葉はもっともだし、何よりも二人を気遣って言ってくれているの
だと思って。

「行きましょう、アリオス」
 ためらいなくさしのべられる右手。天使の御手。
「……」
「どうしたの?」
 躊躇うようなアリオスにアンジェリークは首を傾げる。だが、アリオスにはどうしても躊躇いが捨て切れない。自分はこの天使の
手を取ってもいいのか…と。

「いや…なんでもない。それより、暗くなる前に探しに行こう」
 結局、天使の手を取ることのないままに、すたすたとアリオスは歩き出してしまう。
「あ、待って……」
 慌ててついてゆくアンジェリーク。
(アリオス……)
 そんな二人を見て、マルセルは微かに瞳を曇らせた。

 とりあえず、食べられそうなものを見繕って、夕食がわりとする。食後しばらくの間は、明日の行動をどうするか…というもので
あったが、まとまらないままに、時間は過ぎて。

「アンジェ、疲れているのなら、寝たほうがいいよ」
 トロンとしてきた瞳のアンジェリークに気づき、マルセルが声をかける。
「あ…大丈夫です」
 頭を振って、眠気を取ろうとするアンジェリークだが、今日一日の疲れは体中を支配していて。
「無理しないで。今日は色々あったんだし」
「そうだ。無理するな。夜は冷えるし、これを使うか?」
 マントを差し出されそうになって、アンジェリークは首を振る。いくら、何でもマントを毛布がわりになんて、悪い気がする。
「いいわ。汚すといけないし」
「……そうだな。ヨダレでもたらされたら、仕方ねぇもんな」
「何よ、それ〜」
 からかうような口調にムキになるアンジェリーク。ククク…と微かに楽しそうに笑みを浮かべている。
(あれ……?)
 懐かしい光景…そうマルセルは感じた。あの旅の時と同じ二人のやりとり……。
 しばらく二人じゃれあっていたが、疲れの限界が来たのか、何度もアンジェリークはあくびをする。
「あ…ふ……。ごめんなさい、限界です。お先に眠ります……」
 そう言うなり、手近な木に持たれて、アンジェリークは眠りに落ちてしまう。
「疲れてたんだね……。色々あったし……」
「ああ、俺のせいでな……」
「アリオス……」
 自嘲するアリオスにマルセルは溜め息を吐く。記憶がないことへの不安や、何者かに操られていたという自らの不安定な
立場が彼を奏させているのだろうとは思う。

「あのね、アリオス……。アンジェリークはアリオスを信じているんだよ。だから、アリオスも自分を信じてあげて」
「……?」
 突然のマルセルの言葉にアリオスは怪訝そうな顔を隠せない。
「不安なのはわかるよ。でも、その不安に負けないで……」
 そう言って、マルセルは眠りに落ちているアンジェリークの顔を見つめている。
「アンジェはね、すごい頑張りやさんなんだ。あの戦いの中でもそうだった。でも、アリオスといる時はすごく普通の女の子の顔
してた。普通に笑って、怒って……。アリオスに本当に心を許してたんだよ」

「だが、俺は……」
「記憶がないとか、そういうことじゃないんだ。でも、きっとわかるよ。アンジェと自分を信じてあげたら……」
 穏やかに、諭すようにマルセルは笑う。力とは違う意味の強さをアリオスは感じた。それはアンジェリーク自身にも感じたものと
同じ。心の強さが表われたもの。

「じゃあ、僕も寝るね。お休みなさい」
「ああ……」
 やがて、マルセルも寝息を立て始める。二人が眠ったことを確認すると、アリオスは立ち上がって、空を見上げる。
(自分を信じる…か……)
 自分自身でも分からない。自分が何者か。何のためにここにいるのか。
「アリオス……」
 呟くような声に、慌てて振り返る。少女は眠ったまま。
(こいつが治める宇宙か……)
 瑞々しく生命力に溢れた美しい世界。この少女の心、そのままに。ここで自分で生まれたと言うが、その実感すらもない。
(でも、暖かい……)
 深く、暗い闇の中でなく、光に溢れた優しい世界。心地よい暖かさ。心を溶かすような、いつまでも包まれていたいような……。
(これは今の俺の気持ちなのか……? それとも……?)
 そっと膝をつき、アンジェリークの顔をのぞき込む。あどけない天使の寝顔。安らかに寝息を立てるその唇に、アリオスはそっと
自分のそれを重ねた。


 そして、夜は更けてゆく。明日への扉を開くために……。

7000番を踏まれたzio様からのリクエスト。メモワール設定のアリオスとコレットの話です。一応、イメージとしては後編の序盤辺りを
狙ったんですが……。


<贈り物の部屋へ>