あなたの愛になりたい
もう二度と触れられることなどないと諦めていた暖かい青年の腕の中に包まれた時、アンジェリークの中で堪えていた
すべてが堰を切って、溢れ出した。
「もう…独りにしないで……」
アリオスの腕の中で少女は泣きじゃくる。心を閉ざし、一人堪えていたために、見えていなかったすべての人の優しさを
今こうして感じて。
「莫迦…頼まれたって独りにしねぇよ……」
そう告げたアリオスの声もどこか震えている。一度は手離してしまった。だが、もう手離せるわけがない。この腕の中の
愛しい少女を。
「愛してる…アンジェリーク……」
その言葉と共に優しく唇が重なる。確かな温もりと確かな思いを伝えるために。抱きしめているのが、自分だと言うことを
伝えるために。「私も…愛してる……。
アリオスの背中に回した腕に力を込める。彼が消えてしまわないように。もう…独りにならないために。
「もう…離さないからな……」
その言葉にアンジェリークは何度もうなずく。こぼれる涙を拭おうともせずに。だが、その表情は笑顔。
「もう…離さないで……」
影も何もない……心からの幸福な笑顔。アリオスはその笑顔を見つめると、もう一度愛しい天使に口づける。
「んぅ……」
彼の思いをそのままダイレクトに伝えるように。深く情熱的になるそれにアンジェリークの身体が震える。こんな口付けは
初めてで。目が眩みそうになる。
「あ……」
深い口付けに力が抜けた少女の身体をそっとアリオスは横たえる。
「アリオス……?」
口付けの余韻にぼうっとしながら、ただひたすらに自分を見つめる天使にアリオスは目を細める。この眼差しがアリオスを
引きつける。心地よい束縛。
「柔らかい髪だな……。細くて、絹糸みたいだ……」
指先で何度か髪を梳いてから、そっと口付ける。その仕種にアンジェリークの顔が紅く染まる。
「熟れたトマトみたいな顔…だな」
「ひどーい」
からかうような言葉に少し膨れた表情をする天使の頬に軽くキスをする。
「可愛いってことだ、バカ」
「……バカはよけいだわ」
そう言いながらも、クスリと笑ってしまうあたり、彼の術中に落ちている気がしないでもない。
「愛してる……」
その言葉と共に、アンジェリークの手を取って、手の平に口づける。何度も何度も、愛しげに。
「アリオス……?」
「手の甲へのキスは…尊敬。手の平へのキスは……」
「キスは……?」
「求愛…だ……」
ギシッとスプリングがきしむ音。ゆっくりとアリオスの顔が近づいてくる。
「おまえがほしい……」
唇が触れあう寸前に囁かれる言葉。言葉が心に解けてゆく。口付けとともに……。
「ん……」
不意に耳元に落とされた口付けに、アンジェリークの身体がビクンと跳ね上がる。微かに震える肢体。
「嫌…か……?」
耳元で囁かれる声にも反応してしまう。くすぐったいような…そうでないような不思議な感覚。今まで知ることのなかった
……。
「嫌なら…今日のところはやめてやるよ……」
不意に離れようとするアリオスをアンジェリークは服の裾をつかむことで制する。
「こら…今なら、やめられるんだぜ」
からかうような口調。だが、アンジェリークは首を振る。
「ううん…嫌じゃないの。ただ……」
「ただ?」
「すごくドキドキして……。心臓が壊れそう……」
アンジェリークとて、それほど子供ではない。これから先に何があるのか…朧げにはわかっている。だが、そのことに
まだ心が追いつかなくて。
「バーカ」
「バ…バカって、何よ! 私はあなたと違って初めてなんだから……」
あまりにのアリオスの言葉にアンジェリークは流石にムッとする。アリオスは慣れているかも知れないが、自分にとって
未知の世界のこと。悔しくて…そして、少しだけの嫉妬も交えて、涙が出そうになる。そんなアンジェリークにアリオスは
軽く溜め息を吐く。
「バカだから、バカだって言ってんだ。ほら……」
その言葉とともに、アンジェリークの手を取って、自分の左胸に当てさせる。
「あ……」
アンジェリークが知る彼の鼓動より、少しだけ早い鼓動。アンジェリークはアリオスを見上げる。
「惚れた女を抱くんだ……。俺だって…鼓動が早くなるさ」
照れ隠しのようにふっと目を逸らすアリオス。
「アリオス……」
アンジェリークは自分の腕を掴むアリオスの手を両手でそっと自分の口元に引き寄せる。
「アンジェ……?」
今度はアリオスが戸惑う番。アンジェリークはそっと柔らかな唇でアリオスの手の平に口づける。
「求愛の意味…なんでしょ? 私もアリオスがほしい……。アリオスの心も…全部……」
真摯な翠青の瞳に魅入られる感覚。時々、この天使は自分の予想外のことをしてくれる。
「まったく…とんでもない殺し文句だな……」
チュッと音を立てて、頬に口づける。
「止められなくなるじゃねぇか……」
今度は唇に落ちる口付け。軽く何度も触れて。そして…深くなって。言葉のかわりに思いを告げるように。やがて、首筋に
滑り落ちてゆく口付け。未知なる感覚に身じろぐ身体を押さえつける。
「止められなくなるって…言ったよな……」
耳元で囁かれる声。アンジェリークはコクリとうなずく。
「止めなくてもいい……。あなたの全部がほしいから……」
「ああ……」
やがて、互いに生まれたままの姿になって。暖かな身体に触れる。触れられてゆく。素肌を滑る指先に、唇にアンジェ
リークの身体は淡く染められてゆく。
「ぁ…ん……」
熱を帯びた天使の身体をアリオスは丹念に確かめてゆく。すべてを乗り越えて…ようやく自分の手にした天使を確認する
ように……。
「く…ぅん……」
「力…抜いてろっても…無理か……」
慣れぬ痛みに涙を零す天使をなだめるように何度も口づけてゆく。その身体から、無理な力が抜けるまで……。
「は…ぁ……」
身体中が熱くなってゆく感覚にアンジェリークは耐え切れず、アリオスにしがみつく。グルグルと螺旋の中に捕われる。
「アリオス……!」
熱くて、不可思議な感覚。だが、確かにアリオスがいて。捕われてゆく。すべてに。そして…感じる。アリオスの情熱が。
「あぁ……!」
熱い熱の中に取り込まれる…そして、捕われてゆく。それに耐え切れずに、アンジェリークは意識をゆっくりと手離して
いった……。
トクン…トクン……。確かなリズムの音に誘われて、アンジェリークは瞳を開ける。そこには優しく見つめる彼女が誰よりも
愛した青年の姿。
「目…覚めたか……?」
「うん……」
そっとアリオスの胸に耳を当てる。
「どうした……?」
「あなたの生きている証……。当たり前のことだけど…それが嬉しくて……」
生命を刻むリズム。今は穏やかなもの。
「もっと聞いてろよ……。まだ朝は早いんだからな……」
「うん……」
そっと目を閉じる。そうでないと、泣いてしまいそうだから。こんな当たり前のことが、こんなに嬉しくて。
「愛してる……」
呟くように告げられた言葉にアリオスはそっと少女の顔を上げさせる。
「知ってる……。生まれる前から……」
フワリと落ちてくる唇。夢を見るようにフワフワと。そうして…二人もう一度夢の中に落ちてゆく。同じ夢の中を二人で一緒に……。
これ、一応、“天使の贈り物”に入るはずのシーンでした。ページ数が足りなくて、入らなかったんですね。良かったねぇ、
入らなくて。本の質落ちてたぞ。まどかさん、すまん…。
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