Yours ever
偽りの花々、偽りの鳥たち、偽りの泉。窓辺から光すら、偽りのもの。すべてが作り物の偽りの空間。栗色の髪の少女は
細かいガラスで作られた花をそっと手に取り、瞳を伏せる。すべてはこの少女のために作られたもの。
翼を捨てた至高の天使、それが少女だった。自らの故郷よりも、自らが治めるべき宇宙よりも、ただ一人の罪人を選んだ
女王はその翼を手折ることを躊躇いもしなかった。
「また……」
命の灯火が消えてゆく。少女が罪人を選んだ時、何人もの追っ手が来た。そのことごとくを彼は躊躇いなく切り捨てた。
そうして、作られたのはこの城。二人だけの空間。少女の心を慰める空間が整えられている。
裏腹に城の地下に広がるのは巨大な迷宮。偽りの光ですら挿しこまない闇だけが広がる。そこだけが、唯一の外部との
接触できる場所。ここに来てからのどれだけの日々過ぎたのかはわからない。無数の死体だけが、転がり続けている。
(あの人に罪を背負わせてる、私のせいで……)
耐えきれない悲しみ。重い罪を背負った罪人にさらに罪を追わせている自分が天使であるはずがない。
「アンジェリーク……」
血の匂いと共に罪人が姿を現す。返り血に染まったその姿を見て、アンジェリークの瞳から、涙が零れ落ちる。
「何を泣く……」
「私、あなたの傍にいてもいいの? あなたに罪を背負わせてばかり……。私、何もあなたのためにできない……」
「お前は何も知らなくていい。血に塗れるのは俺だけでいい」
泣きじゃくる天使に手を差し伸べようとするが、血に塗れた己の手に気づき、レヴィアスは行き場のない手を降ろそうと
する。それに気づいたアンジェリークはその手をいとおしそうに取る。血の匂いがこびりついた手、だ。だが、嫌悪感は感じ
ない。愛おしさだけが増すばかり。
「よせ、お前が穢れる……」
その手を離させようとするが、アンジェリークはかまわずに頬をすりよせる。
「この手が好き……。私を守ってくれる……」
涙に触れる。天使の涙は暖かくて、優しい。何処か壊れそうな罪人の精神を癒してくれる。
「俺の手、だけか?」
その言葉に天使はようやく軽い笑みを浮かべる。
「ううん。全部好き。あなたの声も、姿も。罪すらも……」
愛しそうに見上げてくる少女にレヴィアスも笑みを返す。この天使の前でだけでしか、見せない穏やかな笑顔。
「レヴィアスは?」
「愛している……」
「うん……」
天使が青年を抱きしめる。癒すように、慈しむように。
「よせ、お前まで、血の匂いが……」
「前に言ったわ。あなたと同じモノになれるの。それが嫌なわけがない。分かち合いたいって……」
返り血に染まる青年の身体にさらに擦り寄る。何を捨てても、彼の傍にいると決めたから。
「……お前にはかなわない」
罪人である自分を愛し、共にいたいと願い、そして、背負う罪すらも分かち合いたいと。罪を背負うばかりの自分のため
だけに、至高の天使の証である翼をも自ら、手折って。
レヴィアスはアンジェリークを抱きしめ、口づける。他のどんな言葉をこの天使に向ければ、この愛おしさを伝えられ
るのか、わからなくて。言葉ではもどかしくて。
「んぅ……」
いつしか、深くなった口づけに力が抜けた天使の体を支え、より深く口づける。どちらかのものとはつかない唾液が飲み
こみきれずに、口の端から零れ落ちる。
力の抜け、すっかり青年に預ける形になった天使を青年はそっと抱き上げる。
「レヴィアス……」
そっと青年の首に手を回し、天使は肯定の意を伝えた。
ベッドに横たえられると、天使はジッと青年を見上げる。翡翠の色のその瞳は青年だけを映し出している。それに満足
げに青年は唇の端を微かに上げて、笑う。
ギシリ…スプリングが軋む僅かな音。再び重なる唇。最初は触れ合う微かなもの。次第に、互いを求めるかのように
深くなる。
少女の意識が口づけに集中している間に青年の手は天使の纏う服を脱がせてゆく。
「や……」
不躾すぎる視線に耐えきれず、アンジェリークの身を捩ろうとするが、その前に青年の腕が少女を押さえつけている。
「ここにいるのは、俺だけだ。いつまでも恥ずかしがるな……」
「でも……」
それ以上何かを言う唇をふさいで、レヴィアスの手が胸元に滑る。幾度も触れた天使の肢体。いくら、触れても、尽きる
ことがない独占欲。この身を染めるのは自分一人でいい。他の誰にも触れさせる必要がない。
「あ…ぁ……」
首筋から、鎖骨へと落とされてゆく口づけ。白い素肌にちりばめられてゆく紅い花。胸元に落とされた唇に天使の身体が
跳ねあがる。こらえきれずに唇を噛み締める。
「声を抑える必要などない……」
血のにじんだ唇にそっと舌を這わせると、簡単に唇はこじ開けられる。口づけに少女の意識が集中する間に、少女の
下肢に青年の手が伸びる。
「――」
濡れた音がもたらす意味。自分が自分でなくなってゆく。頭の中が白くなってゆく。
「レヴィ…、あ、……」
声にならない声。潤んだ瞳で自分を見つめる瞳。
「アンジェリーク……」
なだめる様に口づけて、レヴィアスは少女を抱く。
「ん、ぁ――」
ひとつになる。心も身体も溶けて。同じモノになる。何もかもを分かち合う。
「愛している……」
青年の囁きを耳にではなく、心で感じ取る。言葉を返す代りに、少女は青年の背に手を回す。
そうして、二人は互いだけを感じ合う……。
互いの鼓動だけが部屋に響く。この部屋に時計はない。時はすでに凍り付いてしまっている。
何もかもあるようで、何もない空間。二人に必要なのは、互いの存在だけだから。
そうして、二人は闇の中にまた、落ちてゆく。だが、それは互いが望んだこと。今の二人にはこの空間と闇だけが、安ら
げる場所。
「何もかもを分かち合う…か」
「レヴィアス?」
「誓いの言葉のようだな」
その言葉の意味を察し、少女は青年に擦り寄る。
「もう、私はあなたのものよ……」
「ああ、俺もお前のものだ……」
罪を重ね合い、同じモノになった二人。だが、誰よりも幸福そうに笑い合いながら、唇を重ね合う。必要なのは、互いの
存在だけだから。
そして、また、罪が重ねられてゆく……。
リクエストも無事ありまして(笑)、“ガラスの王国”の裏でございます。救いないな、この二人……。タイトルはわかる人は笑いましょう。
私も笑うから。