横顔



 まるで生まれたばかりの赤ん坊のようだ……

 それが安倍泰明に対する橘友雅の第一印象であった。
 高名な陰明師、安倍清明の愛弟子であり、本人も優秀な陰明師という話は聞いていた。端正な顔立ちでありながら、
呪いを施されたその美貌は宮中の女房にそれでもため息をつかせているとも。

 …とはいうものの、武官である友雅と陰明師である友雅が宮中で会うことはあまりない。宴の席にも彼があらわれる
ことはなく、会ったとしても、会話を交わす事はなかった。

 それは“龍神の神子”を守護する八葉に選ばれた今でも変わる事はなかった。自分にも他人にも興味を示す事は
ない泰明は必要以上のことは話さず、接しようとはしない。

「私はお師匠の道具に過ぎぬ。八葉に選ばれた今は、神子の道具になるのだがな」
 無機質とも言えるその物言いに戸惑いを隠せないほかの八葉を気にかけることもない。
「泰明殿は自分の存在をそう定義つけているようだが、それでは寂しくないのかい?」
 友雅のその言葉に一瞬だけ、泰明は戸惑ったような顔をした。
「――寂しい、それは感情だな。何故、それが寂しいのだ」
 サラリ…と返したその言葉に流石の友雅も絶句せざるを得なかった。
(やれやれ、本当にこれでは赤ん坊だな……)
 だが、赤ん坊なら親に愛を与えられる。だが、彼は違うらしい。もっとも、愛を与えられる存在がいたとしても、彼の
場合はまず理屈で理論で理解しようとしている。それは書や知識で学ぶものではない。与え、与えられて、初めて学ぶ
ものなのだ。

(晴明殿は泰明殿をどう扱ってこられたのだろうね……)
 彼の存在が知られたのは二年前のこと。これ以前のことは晴明以外に誰も知らない。泰明のあの性格は晴明が大きく
関わっていることは予想が着くのだけれど。

(よほどのことがない限り、彼は変わることがいないのだろうね……)
 彼の振舞に苦笑しつつ、友雅は空を見上げる。変わらないのは…自分も同じである。どことなくつきまとう虚無感。厭世
観…とも言うべき感情。心の中の空白を埋めるために、多くの花を愛でてきたけれど。どれも本気になることがなく。空白
が大きくなるだけ。

(……私も同じかも知れないな)
 口にしたら、誰もが否定するであろう言葉だけれども。
(私たちを変える存在はあるのだろうか……)
 月を見上げ、友雅は苦笑する。永遠に手に届かないからこそ、魅かれるものがある。それでも人は手を伸ばさずには
いられない……。


 だが、以外にも彼らを翻弄する存在を運命は出会わせてしまった。
「神子、またおまえは−−」
「すみません〜、泰明さん」
 すっかり見慣れた光景。異世界から呼ばれた“龍神の神子”という存在。京を救うと呼ばれる神秘の存在は、周りの
ものに大きな衝撃を与えた。

「どうして、おまえはそう思慮がない」
「……だから、謝ってるじゃないですか」
「謝るくらいなら、最初から気をつけろ」
 シュン…としてうなだれている少女とそれを叱る泰明。八葉の面々はすっかり見慣れてしまった光景。
「ムリムリ…昔っから、あいつはああだもんな」
「天真先輩、その言い方は〜」
「否定できないだろ? ま、それがあいつの魅力でもあるけどな」
 神子と同じ世界から来た八葉の天真と詩紋はどこか苦笑交じりで見ている。この世界の女性のように、髪も伸ば
さず、服装も軽快なもの。軽やかに気紛れに、風のように駆け回る。目が離せない存在。

「……まったく、神子は」
 そう呆れまじりにいう泰明を見たとき、天真と詩紋以外の八葉は誰もが驚いた。あの泰明に感情があったのか…と。
晴明と内裏で会った友雅がこの話をすると、微かに笑みを浮かべた。

「神子殿であれば、泰明の求めるべきものが与えられるのかも知れない……」
 その言葉の真意は教えてはもらえなかったが、何となく友雅はわかる気がした。彼自身の退屈だった日々が一人の
少女の存在で彩りを与えられていったのだ。泰明にとってもそうなのかも知れない…そう思わせる何かが少女には
あったのだ。

「まったく…手を焼かせる……」
「そうかな? 楽しそうだとは思うが」
「どうして…楽しいと言える」
 からかうような友雅の言葉に泰明は抗議の言葉を返す。
「さぁ? 答えは泰明殿の中にあるからね」
「……おまえのほうが神子より分からない」
 どこか困惑したような泰明の言葉に友雅はクスクスと笑うだけ。少しずつ変わってゆく。心の形。泰明は彼女と出会う
ことで自らが気づかぬうちに変わってゆく。昨日とは違う彼がそこにいる。

(神子にとって…巡り会うべきなのは彼なのか、私なのか……)
 龍神を呼び、京の危機を救えるという少女。だが、何よりも人間としての彼女に魅かれている自分を否定する気は
ない。彼女と出会った誰もがそう想うことだから。


「泰明殿、友雅殿〜」
 今日も館に赴いた二人に藤姫が駆けつけてくる。
「……またか」
「そのようだね」
 パタパタとした足音が近づいてくる理由をもう熟知せざるを得なくなった。
「神子様がまた外に……」
「……わかっている」
「安心して待っているといいよ」
 少女が行きそうな場所に向かう。
「まったく、目が離せないと言うべきか……」
「……そうだね」
 すたすた歩く泰明にクスクス笑う。いつもの光景になりつつある彼の姿。だが、以前とはどこか違うことも気づいて
いる。

「だから、泰明殿は神子をちゃんと見ているんだろうね……」
「……」
 その言葉に泰明は一瞬、立ち止まる。そして、まじまじと友雅を見つめる。
「泰明殿?」
「……それはおまえも同じであろう?」
「……」
 言うことだけを言うと、またすたすた歩き出す泰明。友雅は唖然…と泰明の背中を見つめている。
「まいったね……」
 ククッ…と友雅は笑い出す。いつ気づいたのか。彼がなぜそれに気づいたのか。そのことを考えると。
 だが、それでもいいのかも知れない。何も知らない赤ん坊のような彼を相手にするよりも、少し位の手応えがある
ほうが、楽しいものだ。

「でも、私も負ける気はないよ」
 そう呟いて、友雅は泰明の後を追って歩き出した。

ひめにゃ亭のさおりーぬ様こと響さおり様に差し上げたものです。恩を仇で返してばかり……。すみませんでした。