あなたの優しい手
『親愛なるパパとママ。
元気にしていますか? 私は元気だから、安心してね。
飛空都市は良いところです。それに、周りの人も皆いい人ばかりなの。』
クシャリ…と、そこまで書きかけた便箋をアンジェリークは丸めてしまう。
「駄目かなぁ。ここでなら、書けると思ったのに……」
女王候補として、この飛空都市で女王試験を受ける事になって。最初はかなり戸惑った。普通の女子高生として育ったはずの
自分が、宇宙を統べる女王の候補となったのだ。失敗やつまずきばかりで落ちこんだりもした。けれど、それでもやってこられた
のは、ライバルだと言いつつ、何かと自分の面倒を見てくれる同じ女王候補のロザリア、温かく見守ってくれる守護聖、女王補佐官の
ディアなどの存在があっての事。
両親や友人と離れても、何一つ不自由のない聖勝つ。不謹慎かもしれないが、楽しい…と思える日々。けれど……
「皆に会いたいなぁ……」
優しくて、料理が上手だった母親、仕事が忙しい中でも、いつも自分を気にかけてくれていた父親、遠慮なしに本音を言い合える
友人、大切存在。忘れたことなどない。女王候補として飛空都市に来る前に、両親が持たせてくれた万年筆を使っているうちに、どう
しても思い出して仕方がなくなってしまった。
気持ちの整理をしようと、手紙を書き始めたが、切なくなるばかり。部屋の中にいても落ちこんでしまうのなら、せめて外に出て、
気分を変えようと思ったのだ。だが、結果は同じこと。何を書こうとしても、胸の奥から寂しさがこみ上げる。
「ダメ…皆、寂しいんだから……」
寂しいのは自分だけじゃない…そう自分に言い聞かせてみても、流れる涙は止まらない。抑えきれない感情と一緒に流れ出す。
小さな肩を震わせて、膝を抱えて泣きじゃくる。
「……泣いているのか?」
不意に届いた声に、アンジェリークはビクッと反応する。声の主は闇の守護聖クラヴィス。慌てて、アンジェリークは涙を拭う。その
せいで、眼の端が赤くなってしまった。
「今日は、クラヴィス様」
努めて笑顔を作ろうとしている少女にクラヴィスは少女にわからない程度に苦笑をこぼす。だが、足元に落ちている紙に気づき、
拾い上げる。
「あ……」
慌てて取り戻そうとしても、すでに遅く、クラヴィスは丸まった紙を開き、中を読んでしまった。
「ゴミは持ちかえるように…とは、あれが言うべき言葉だな」
「はぁ……」
クラヴィスが差すあれ…とは、恐れ多くも光の守護聖殿。
「すみません…パパとママの事、思い出しちゃって……。手紙を書いたら、心の整理がつくと思ったんですけど……」
じんわりと再びこみ上げてきそうになる涙をアンジェリークは慌てて拭おうとする。だが、今度はその手はクラヴィスによって、
止められてしまった。
「クラヴィス様?」
キョトンと大きな瞳で見上げてくる。
「無理に感情を抑えつけると、精神が不安定になる……」
「で、でも。私、女王候補だし、こんな事で泣いてちゃ……」
それ以上の言葉は不意に途切れる。クラヴィスの大きな手が優しくアンジェリークの頭を撫で始めたから。
「……恥じる事はない。それだけ、おまえは愛を受けて育ったからこそ、涙がこぼれるのだ……」
心に染みる声と言葉。ゆっくりとそれは心を溶かしてゆく。
「パパ、ママ……」
「おまえの育てる大陸は愛に溢れている……。それは、おまえが自分自身に与えられた愛を、今度は同じように大陸の民に注いで
いるからだ。あるがままでいい……」
泣きじゃくる少女の頭を優しく撫でつづける。泣くだけ泣いたら、この少女はきっとまた笑顔に戻る、そうクラヴィスは知っているから。
「ふぇ……」
クラヴィスの手が暖かくて、優しくて。堪えていたものが堰を切って溢れ出して、流れ去ってしまう。
「アンジェリーク……」
そっと、クラヴィスの手がアンジェリークを引き寄せようとする。だが――。
「どうしたの、アンジェリーク!」
突然の声にクラヴィスの手は止まる。
「クラヴィス様、何をなさったんですか?」
「ロザリア?」
突然現れたロザリアにアンジェリークも慌てて顔を上げる。涙に濡れた顔のまま、瞳はまるでウサキのように真っ赤で。
「どうしたの、その目……。クラヴィス様、説明していただきませんこと?」
激しい勢いでロザリアが詰め寄っても、クラヴィスは動じもしない。
「見てのとおりだが……」
「見てのとおりって、アンジェリークを泣かせたんですね?」
ものすごい勢いになるロザリアに、アンジェリークは慌てて二人の間に入る。
「あ、あの。ロザリア、違うの。私がババとママのこと思い出して、泣いちゃったの。そしたら、クラヴィス様が慰めてくださったの」
「え?」
ロザリアが森の湖にやってきて、見かけたのは泣きじゃくるアンジェリークを抱きしめようとするクラヴィスだった。だから、つい何か
あったと思ったのだ。
「だから、見たままだ…と言ったのだが」
「わかりました。私が勝手に誤解した事ですのね。申し訳ありません」
謝るところはきちんと謝る。自分の否を潔く認めるのも女王として必要な資質だ。だが、それとこれとは話は別で。
「アンジェリーク。どうして、私に話さないの。同じ女王候補でしょ? 守護聖様に御迷惑をかけてはいけないわ」
「……別に迷惑ではなかったが?」
「クラヴィス様、少し黙っていてくださいません?」
有無を言わせず、そう釘をさすと、アンジェリークの肩をガシッとつかむ。
「確かに私たちはライバルだわ。でも、女王候補としての互いの心を理解し合える存在ではないの?」
「う、うん……」
ものすごい勢いで詰め寄られ、頷くしかない。
「そうでしょう? だから、御両親を思い出したりして、寂しくなったら、まず私に話すのよ」
「でも、ロザリアだって、お父さんとお母さんと離れているのよ。だから、言えなかったの」
「馬鹿ね……。だからこそ、私はあんたの気持ちがわかるんじゃない」
「そうなの?」
「ええ。そうよ」
大きく頷いて、ロザリアはクラヴィスに向き直る。
「御迷惑をおかけしましたわね。でも、もう御心配はおかけしませんから」
にっこりと優美でかつ、有無を言わせない笑顔を向けて、ロザリアはアンジェリークの腕をガシッと掴む。
「さ、私の部屋に行きましょう。ばあやが美味しいクッキーを作ってくれたの。あんたを誘おうとしたら、いないから、探したんだから」
「うん♪」
「じゃ、クラヴィス様、失礼しますわね」
一礼すると、アンジェリークを引っ張ってロザリアは去ってゆく。さながら、嵐のように。
「あ、あの。クラヴィス様。ありがとうございました」
慌てて、アンジェリークが礼の言葉を述べる。迷いの取り去った、目映いばかりの天使の笑顔と共に。一人残された、クラヴィスは
微苦笑を零す。
「女王の座につかれるよりも高い壁かも知れぬな……」
暗にアンジェリークに手を出すな…と、牽制しているのだ。けれど、そんな事で動じるクラヴィスであるはずがない。
「天使は誰に微笑むのか……」
水晶球でも映し出せない未来。こんな事を考える自分をらしくない…とは思いつつ、楽しんでいることも事実なのだから。
(クラヴィス様の手…とても暖かくて、優しかったな……)
あの後、ロザリアとお茶をして、美味しいお茶とお菓子とともに楽しい時間を過ごして。ホームシックは何処かに飛んでしまった。
そこに至るには、クラヴィスの優しい手のおかげ。
「そうだ、今度の日の曜日に何か作って持っていこうっと♪」
あの暖かい手には及ばないけれど。少しでも、クラヴィスの心を温められたらいいな…などと思うから。次の日の曜日のことを思い、
アンジェリークはくすくすと笑い出す。クラヴィスの優しい手がもたらせてくれた心の温もりを胸にして……。
19000番を踏まれたまどか様からのリクエスト。「リモちゃんホームシック!で、それを慰めようとしているクラ様なんだけど、
ロザリアに負ける(おいおい/笑)。でもリモちゃんクラさまの気持ちにちゃんと気づいていて、さりげなくラヴvな話」(本人談)
です。うわぁ、書いてて、美味しくて楽しいなぁ。どうしてくれるのよ〜。
<贈り物の部屋へ>