Heart Warm
イブの夜は大好きな人と二人きりで過ごしたい。一緒にクリスマスの朝を過ごしたい……。それを望むのは恋する女性なら、
願うこと。
そして、ここにも恋する少女はいたりする。
「アンジェはイヴの予定はアリオスさんとすごすの?」
「えっと、多分……」
率直に聞いてくるレイチェルにアンジェリークは苦笑する。親がそれなりに厳しい現役女子高生はこういうイベントごとの場合
、互いにアリバイ作りが必要なのだ。
「じゃぁ、大学のパーティって事のしとくよ。来年、アンジェ受けるとこだしね。知り合いを作っておくことは得策ってことのしよ。で、
そのままうちでお泊りにしちゃお」
「大学でってことはレイチェルはエルンストさんと?」
現役女子高生でありながら、優秀な頭脳を持つレイチェルはアルカディア大学の研究室に出入りして、宇宙についての研究を
行っている。エルンストはレイチェルの幼馴染で大学の若くして助教授である。
「うん。研究があるし。エルンストにイベント事強制して、実験の手を止めさせるのもなんだかねってカンジだし。チキンとケーキは
用意するけど」
「仕事をしてる人だもんね……」
うなずいて、一つため息。
「どうしたの?」
「アリオス、最近お仕事忙しそうだから、迷惑かなぁって……」
新規業務の開発のために、残業が続いているらしく、アリオスと連絡はあまり取れない。週休二日のはずの休みもどちらか一
日は出勤している状態がここ一ヶ月続いている。メールのやり取りだけだ。
「迷惑だったら、はっきり言う人でしょ?」
「うん、そうなんだけど……」
言いごもるアンジェリークにレイチェルは苦笑する。普段は気の強いこの親友が好きな相手のことになると途端に臆病になる。
らしくない…と、最初は思いもした。だが、それ以上に可愛いのだ。
「ほら。しゃんとする! オンナが廃るよ!」
バシッと背中をたたかれて、アンジェリークは顔をしかめる。本当に痛いのだ。
「うん、頑張ってみる」
果たして、何をどう頑張るのか。思い込みの強い年代の少女たちに理屈は通用しないものである。
「クリスマス、私、ここに来てもいい?」
休日、二人で過ごす貴重な時間。上目づかいでくるアンジェリークのお願いにアリオスはその髪をくしゃくしゃとなでてやる。
「別にクリスマスでなくても、いつでも俺は構わないぜ?」
「できないわよ、そんなの……」
いくら、恋人だからといって、女子高生の自分がしょっちゅう出入りするわけにはいかない。近所の目もあるはずだ。
「バーカ、余計な気を使ってんじゃねぇよ」
この歳の少女なら恋人とのロマンティックなクリスマスに憧れるはず。アリオスの仕事が忙しいことを気遣い、この部屋でクリス
マスを過ごすことを提案するのだ。実際、現在のアリオスの担当業務は佳境に入っていて、レストランの予約を入れたとしても、
キャンセルする可能性が高いのだ。
「24日は、お前には特別に貸し切りにしてやるよ」
クリスマスくらいは対等の関係でいたいから、滅多に我が儘を言わず、甘えたがらない恋人の言葉に出さない願いを叶えてやる
のも悪くはない。
「ありがとう、アリオス!」
本当に嬉しそうな顔をするアンジェリークにアリオスも満足感を覚えるのであった。
そして、クリスマスイヴ当日。学校は冬休みに入っているので、アンジェリークは午前中に必要な物を買い、午後はアリオスの
部屋で食事や部屋のの飾り付け等の準備に取り掛かった。
「これでいいかな?」
後は暖めて盛り付けるだけの状態にした食事。飾り付けされた小さなツリーに満足げに一人で微笑むと、アンジェリークは自分
自身の準備に取り掛かる。今日のために買ったローズレッドのワンピース。白いリボンがアクセントになっていて、可愛らしい。同色
のリボンで髪を結って、鏡の前で再確認。
「アリオス……。なんていってくれるかなぁ……」
呟いて、クスリ…と一人で笑う。待ち人は今日は早く帰ってきてくれると約束してくれた。時計の針が進むのをとてつもなくアンジェ
リークは遅く感じていた。
「アリオス、まだかな……」
時計を見て、溜息を一つ。時間は午後8時を過ぎている。今日は泊まって来るからと両親に伝えているから、時間は問題ないが、
肝心の相手がいないことにはどうしようもない。
「今日も遅いのかな……」
クリスマスくらいは残業しなくても…なんて、思ってはいけない。社会人には仕事に対しての責任がある。約束は二の次だろう。
仕事をしなくては、ご飯が食べられないのだ。
「連絡くらいしなさいよ……」
わがままだと思っても、つい呟いてしまう。でも、今、とてもふてくされた顔をしているから、今すぐに戻ってこられても困るのだが。
プルル……。電話の音に反射的にかけてゆく。ディスプレイに映っているのはアリオスの携帯の番号。
「はい。もしもし!」
「悪い。ちょっとトラブってな。今夜中には帰れるとは思うが、先に寝ててもいいからな」
それだけを言うと、慌ただしく電話を切られてしまう。受話器の向こうからも忙しさが伝わって来ていた。
「……」
半分は覚悟していたが、やはり淋しい。勿論、アリオスが戻って来るまでは待つが、それだけでは淋しい。一人ではこの部屋は広過ぎて。暖房は効いていても、心が寒い。
「そうだ……」
ふと、アンジェリークはアリオスへのクリスマスプレゼントを取り出す。大切そうに抱き締めてから、紙袋に入れる。ワンピースの上にはコートを羽織って。
「これでよし、と」
マフラーと手袋を装備すれば、準備万端。アンジェリークはウキウキした笑顔で夜の街へ飛び出して行った。
イヴの夜だというのに、書類の山に埋もれた自分の机にアリオスは溜息をつく。楽しみに待っているであろう恋人の少女のために
スケジュールを調整していたはずなのに、思いもかけない書類上のトラブルの発生でいらぬ時間を食ってしまった。自分や部下
たちのミスなら仕方がないが、今回は第三者の起こした初歩的なミスなので、アリオスはかなり苛立っていた。アンジェリークは
わかってくれるだろうが、アリオス自身が納得出来ないのだ。
「ヤキがまわったよな、俺も……」
他の女の時はこんなことを考えたこともなかったのに。それだけ、自分がアンジェリークに、この恋に溺れているということ。
「さ、浸ってないでやることやるか」
どんなに遅くても、起きて自分の帰りを待っているであろうアンジェリークのために、アリオスは書類に再び目を通し始めた。
すべての作業が終わったのは夜の10時を過ぎた頃。
「ご苦労だったな。よくやってくれた」
部下に労いの言葉をかけ帰宅を促して、報告書をフロッピーに保存し終えると、部屋の電源を落とし、鍵を閉める。
「連絡くらいするか……」
この時間なら、まだ起きているだろうと、警備員室に鍵を返す道程で電話をかける。
プルル……。何度かのコール音。
『現在電話に出ることができません……』
機械的なメッセージにアリオスは唖然とする。
(帰っちまったわけじゃねぇよな……)
それなら、アリオスに連絡を入れるはずである。電話にいないということで考えられるのは、アンジェリークがいないか、でれない
状況にあるかのとちらか、だ。
(……)
この手の想像は限りなく悪い方向に行ってしまう。自然とアリオスの足は速くなっていった。
警備員室に鍵を戻すと、アリオスは職場の門を出て行く。すると……。
「アリオス!」
「?」
聞き間違えるはずもない声にアリオスは周囲を見回す。すると、信号の向こうにアンジェリークの姿。
「アンジェ?!」
「アリオス〜!」
真っ白なコートは夜目にも鮮やか。
「あの馬鹿……」
こんな時間に出歩くとは何を考えているのか。車道の車が少ないのをいいことに信号を無視して、アンジェリークのところまで
走ってゆく。
「ちょっと、信号無視は駄目じゃない!」
「馬鹿、こんな時間に女が1人で歩いてんじゃない! 何してんだ!」
何故、こんなところで論点が違うのか。頭を抱えたくなる。
「だって、アリオスをお迎えしたかったんだもん」
「はぁ?」
「アリオスをお迎えしたら、家に変えるまでの時間分も一緒にいられるでしょ?」
そう言いながら、アンジェリークは手にしていた紙袋からラッピングされたプレゼントを差し出す。
「はい、クリスマスプレゼント。開けてみて!」
「はいはい……」
こうなったら、従う方が得策である。ラッピングを解くと、手編みのマフラー。色は白である。
「ほら、プレゼントもすぐに役に立つでしょ?」
完全に確信犯の笑みである。
「全く……」
軽くため息をつくと、アリオスはアンジェリークのほほを両手で包み込む。
「こんなに冷えて……。いつから待ってた?」
「10時まではそこの喫茶店で。それからはここで。大丈夫よ。タイツはいてるし、コートも着てるし」
あっけらかんと答えるアンジェリーク。
「あのお部屋で1人で待つのは嫌だったんだもん。せっかくのイヴよ? 二人で過ごす時間が長いほうがいいもん」
「……」
挙句の果てのそのセリフ。それが殺し文句だということに気づいていない。
「全く……」
そっと、顎を捉え、上向かせる。
「アリオス?」
「ここも冷たくなってるな?」
そっと唇をなぞられると、アンジェリークは瞳を閉じる。柔らかく重なる唇。
「帰るぞ?」
「うん」
手をつないで、アリオスのうちに向かう。冬の夜風は冷たいけれど、心は暖かなまま。二人のクリスマスの夜はこうして始まった。
とりあえず、一旦は人様に捧げた者なので、こちらに飾ります。クリスマス創作が増えて、ラッキー…かな? 本当に
すみません。