ヴァレンタイン・テイスト


「 キッチンに広がる甘いチョコレートの香りにアリオスは正直げんなりした。
「何やってるんだ、おまえ……」
 休日である日の曜日にも関わらず、部屋にいないアンジェリークを探して見れば、キッチンで見るからに甘いチョコレートと
戯れていた。ただのお菓子作りかと最初は思ったが、その量が尋常ではなかった。ボウル一杯のチョコレートやテーブルに
何本も並んでるブランデー等、普通の量ではない。
「見て判らない? チョコレートを作ってるんだけど……」
「いや、それはわかるが、この量は……」
 いくらアンジェリークやレイチェルが甘いものが好きとはいえ、この量は尋常ではない。ブランデー入りのものなら、少しは
付き合えはするが、限度がある。だが、アンジェリークはそんなアリオスの疑問をあっさりとすっとばした。
「だって、守護聖様たちの分だし。量も多くなるわ」
「……おい」
 途端に声が1オクターブ低くなる。機嫌が悪いときの癖。
「だって、もうすぐバレンタインデーよ。陛下は私やレイチェルにもお菓子を作ってくださるし。私も何かしないと」
 アンジェリークの言う陛下とは、彼女の故郷である宇宙を治める金の髪の女王のこと。お菓子作りが得意だという。
「それはそれは。貴重な休みを裂いてまで、そんなことをしなきやかならねえなんて、女王ってのも大変だな」
 アンジェリークの真意は判ったが、やはり面白いものではない。自分ではない男たちのために頑張る姿を見せられているの
だから。
「もう、そんな顔しないでよ。ちゃんとアリオスの分もあるんだから」
「ついで、にか?」
「違うわよ〜。アリオスに渡すのが本命だって知ってるくせに〜」
 そう、アリオスはちゃんとバレンタインデーの目的を判っている。ただ、おもしろくないだけだ。この少女の女王でない全てが
自分のものであればいい。子供じみた独占欲。
「それに試行錯誤して、アリオスに喜んでもらえるのを作ってるのよ? 守護聖様たちのを先に作ってるのは、そのためだもん」
「それって、実験体か?」
「……」
 アリオスの言葉にアンジェリークは言葉に詰まってうつむいてしまう。
「アンジェ?」
「……だもん」
 ボソリ、と告げられた言葉はアリオスの耳には届かなかった。
「なんだよ? らしくねえな。はっきり言えよ」
「だって、陛下は美味しいのを作るもん」
「……は?」
 思わず問い返す。だが、アンジェリークの顔は真剣だ。
「陛下の作るお菓子は美味しいでしょ? だから、比べられたら嫌じゃない! アリオスには私の作るものの方が美味しいって、
思ってもらいたいんだもん!」
「……そうか」
 何ともまぁ、可愛らしい言葉にアリオスも返す言葉を探してしまう。ふと、視線を巡らせると、指先に小さな水ぶくれ。アンジェ
リークの頑張りの証。
「馬鹿……」
「な、何よ馬鹿って……」
 反射的に顔を上げるアンジェリークの頬をペロリ、と舐める。
「な……」
「俺にはこれが一番なんだぜ? おまえが作ったもんに俺が文句をつけるわけねえだろ?」
「うん……」
「ま、連中の分は腹をこわさねえ程度で充分だ」
「何よ、それ……」
「おまえの味を知ってるのは、俺だけで充分ってことだ。何をしても、な。勿論、ベッドの中でもな」
 瞬間沸騰的に真っ赤になるアンジェリークの頬に軽く口づけて。アリオスは上機嫌でキッチンを後にする。一人残されたアンジェ
リークは呆然とその背中を見送った。



実は裏日記にさりげなく続いてますの。くすっ。

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