トワイライト
彼の人の瞳はその司る力と同じく、闇に潜む深淵を思わせる。
それが同じ闇の守護聖であるフランシスがクラヴィスに対して抱いた感想だった。人を寄せ付けない彼の人の雰囲気。己の司る力である闇にそのまま取り込まれてしまうかのようにも感じられた。
(それは私も同じ、か……)
柔らかな笑顔ですべてを隠してしまって。けして、素顔を見せない。まるで、故郷の惑星、キリエヴィルのように、すべてを見せないままで。その方が互いに楽な人生だ。表面上、取り繕うか、そうしないか。自分とクラヴィスの違いなんてそうあるはずがない、そうフランシスは考えていた。
だからこそ、偶然にその光景を見た時に思わず固まってしまったのかもしれない。
神鳥の宇宙の女王主催のお茶会に招かれたフランシスは招かれた時間より少しだけ早い時間にやってきた。別にお茶会が楽しみだったわけではない。本来ならもっとも招待される資格がある少女、伝説のエトワールは今、聖地を不在にしている。当分は帰ってこないのらしい。少女のいない時間はフランシスにはもはや苦痛でしかなく。気分転換にこちらの宇宙を見て見ようかとも思ったのだ。
神鳥の宇宙は聖獣の宇宙に比べると、安定した美しさに満ちている。聖獣の宇宙はまだ成長期であり、命の匂いに溢れている。その違いが何となく面白かった。
(こちらは中庭に続いているようですね……)
広い聖殿を気紛れにあるいてはいたが、もうそろそろお茶会の時間だ。遅れると何かとうるさそうだ。フランシスは中庭に続くであろう小路に足を踏み入れた。そして、しばらくの間固まるはめになってしまったのだ。
(あれは…クラヴィス様とこの宇宙の女王陛下……)
バスケットを大切そうに抱える少女を見つめるのは、フランシスが闇の深淵だと思っていた瞳。だが、そこにあるのは深淵ではなく、深い愛、だ。何が楽しいのか、笑顔を絶やさない女王を見つめるその瞳からはそれ以外のものは見つからなかった。
どれだけ、そうしていたのか。時間にすれば、僅かだったのかもしれない。
「あら、こんにちは。フランシス」
女王に声を掛けられて、ようやくフランシスは現実に立ち返る。
「ごきげんよう、陛下。今日はお招きに預かりまして光栄です」
そう言って、フランシスは跪き、女王の手の甲に唇を落とした。優美なその仕草はジュリアスやロザリアとは違った意味で貴族の雰囲気を感じさせる。
「よく来てくれたわね。今、焼き菓子を運ぶところなの」
そう言いながら、女王は嬉しそうにバスケットを翳して見せる。
「陛下自らが、ですか……?」
「そうよ、これが楽しいんだもの」
驚きを隠せないフランシスに対し、女王はあくまでも無邪気に笑う。
「あ、フランシスが来ているなら、他の人も集まるわよね。私、これも盛り付けなきゃいけないから、先に行くわね♪」
そう言うや否や、女王は軽い足取りで去って行く。残されたのは闇の守護聖二人のみ。
「お邪魔、でしたか……?」
「別に……」
気を使ってはみても、彼には通じない。ならば、開き直るのも一つの手だ。
「クラヴィス様の瞳は深い闇の色だとばかり思っていました」
「見たままを言えば、そうなのだろうな……」
淡々と答えるクラヴィスに、フランシスは微笑を浮かべた。
「ですが、夜明けの色にも似ていると今思いました。夜明けの瞬間の空の色にも……」
暗い闇色の夜空に朝日が差し込む夜明けの瞬間。闇色から朝日へと繋がる紫のグラデーション。聖地に来るまでは、知るよしもなかった綺麗な色に、先ほどのクラヴィスの瞳は似ていた。
「明けぬ夜はないように、ですね……」
「なるほど、セイランと懇意にしていると聞いていたが……」
フランシスの言わんとするところを気付かぬはずはなく。クラヴィスは表情を変えずに言葉を続けた。
「闇は、どのような闇に身を置いたとて、僅かな隙間から光はこぼれ落ちて来る……。躊躇うこともなく……」
だから、安らぎの闇でいられるのだ、と。
「そういうもの、ですか?」
「明けぬ霧を追い払った流星がお前にはある。私の光は躊躇いなく飛び込んで来たが、同じとは限らない……」
それだけを言うと、クラヴィスはその場を去ってしまう。残されたフランシスは一人、唖然とする。
「あれは自慢なのでしょうか……」
問うてみたところで答える人などはいない。
「レディ、貴女なら何と答えてくれますか……?」
会いたい、と強く思ってしまう。切なさが胸に降り積もるような感覚。クラヴィスに言われるまでもない。あのすべてを霧に閉ざしてしまう街でただ日々がすぎるのを待っていたフランシスに手を差し延べた少女に愛しさだけを抱いて。
「レディ……」
手を伸ばしても届かない夜空の星とは違うことは判ってはいるけれど。今はただ想いを馳せずにはいられなかった。
クラヴィス様、さりげなく自慢? エンジュちゃんにはこの時点で片思いですw
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