Sweet Trap

 二月の初旬になると、どこからともなく、甘い香りが漂い、男女の誰もがそわそわしている。
「わかんねぇ習慣だな……」
 前世はこことは別の宇宙で育ち、甘いものを苦手とするアリオスには女性がチョコレートともに意中の男性に告白すると言うその
イベントの趣旨がよく分からない。

「そうよね…ダンナには必要ないよね〜」
 その言葉とともに書類の束をドサッ!と置いてゆくレイチェル。
「イイ性格してるじゃねぇか」
「あら…そんなこと♪ 女王の傍に居るからには、それなりのお仕事をしてもらいたいだけだよ」
「……」
 大事な親友に手を出す不埒な輩…とは言わない。アンジェリークは幸せそうだから。だが、どうしても、たまにはこんなふうに意地
悪をしたくなるのが人情である。

「ま、宮殿中が浮き足立ってるのも問題だから。通達は出しとくけど。陛下もきっと、何か用意してるだろうから。その言葉は言わない
ほうがイイよ★」

 思いっきり痛いところをついて、去ってゆくレイチェル。これくらいは許される…とは、本人談である。
「言われなくても、そうするに決まってるだろうが……」
 大切な天使を泣かせることは二度としない。それに彼女も自分の好みはちゃんと知っていてくれるはずだから。多分…信じている
から。そして、どんな顔で自分に渡すのか…それも何となく、楽しみだったりするのだ。


 そして…宮殿内が一番浮き足立つ二月のある日。職務時間が終わると、一斉に色めき立つ。幸せのオーラがそこら中から飛び
回り始める。

 コンコン。執務時間が終わり、夕食を終えて。シャワーを浴びたアリオスの部屋に繰る人物と言えば一人しかいない。
「入れよ」
「うん」
 後ろ手に何かを隠して、彼の愛しい天使が入ってくる。
「今日はバレンタインだから……」
「いまさら…告白か?」
「……嫌なら、帰る」
 すねた口調になるアンジェリークにアリオスはクッ…と笑う。
「バカにして……」
「してねぇよ。からかって、悪かった」
「……反省してる?」
 上目遣いで見上げてくるのは反則だ…とは思いつつ、口には出さない。
「してます」
「なら…許してあげる」
 途端に笑顔に戻って、アンジェリークは後ろ手に持っていたものを前に出す。
「アリオス、甘いものは嫌いでしょ? だから、お酒にしたの」
 砕いた氷をいれたかごの中にはウォッカの瓶が入っている。アリオスの好きな銘柄のものである。
「甘いもんを食う覚悟はしてたんだがな……」
「嫌いなものをムリに食べてもらうのも悪いから……。好きな人に贈るのなら、美味しく食べてもらいたいもの」
 自分で言っておきながら、途端に真っ赤になるアンジェリーク。こういう仕種が可愛いのだ…と、気づいてはいないのだろう。
「美味しく…ね……」
 悪戯を思いついたアリオスの瞳が光っても、真っ赤になって俯いているアンジェリークには見えていない。
「このウォッカな…より美味しく飲む方法があるんだが、知ってるか?」
「何?」
 首を傾げるアンジェリークにアリオスはニヤリ…と笑い、瓶の蓋を開ける。
「実践してやるよ。口、開いてな」
 言われるままに、軽く口を開く。満足げに笑うと、ウォッカを口に入れ、そのままアンジェリークに口づける。
「!」
 驚くアンジェリークにかまわず、アリオスの口内から、アンジェリークの口内に強いアルコールが流し込まれる。やがて、コクリ…と
アンジェリークの喉が鳴る。

「アリオス〜」
 されたことに真っ赤になるアンジェリークにアリオスはにやにやと笑う。
「まさか…こうやって、アリオスに飲ませるの?」
 恐る恐る訪ねてみる。
「より美味しく飲めるからな」
「〜〜!」
 パニックに陥るアンジェリークをぐいっと引き寄せ、耳元に囁きかける。
「美味しく食べてもらいたいって言ったのは、おまえだろ?」
 ゾクリ…とするその声には逆らえなくて。コクリ…とうなずく。
「ソファに座って…目を閉じてて……」
 言われた通り、ソファに座ったアリオスが目を閉じると、受け取った瓶から、ウォッカを口に含む。強い酒の味が口に広がる。ゆっくり
とアリオスの唇に近づいてゆく。

「……」
 いつものキスより熱い…そう感じた。自分の口内から流れてゆく酒が誘い水のようにアリオスの中に流れて、深い口づけに誘われて
ゆく。

「……ぁ」
 唇が離れると、ツ…とアンジェリークの唇の端から、液体がこぼれる。アリオスはそれをも嘗め取る。
「もっとだ、アンジェリーク」
「ん……」
 瞳を伏せて、うなずく。酌み交わされる杯。飲み干してしまうのはアリオスなのに、アンジェリークの身体が熱を帯びてゆく。
「酔っちまったのか?」
 どこか楽しげな声。華奢な腕を捕え、軽く引っ張るだけで、少女の身体は腕の中に納まってしまう。
「アリオス……?」
 微かに紅潮した頬。潤んだ瞳。無意識に誘っていることなど、自覚はないのだろう。
「……今度はおまえを味合わせろよ」
 囁きとともに、軽く耳朶を甘がみすると、ビクン…と少女の身体は顕著に反応する。満足げに口元に笑みを浮かべると、アリオスは
アンジェリークを抱き上げる。力の入らない腕をアリオスの首に回す。

 天使が自らの腕の中に堕ちてくる…それは至高の贈り物。天使を酔わせ、アリオス自身をも酔わせる夜は始まっていった。

1歩間違えれば、裏ですね。これ……。この先はあなたの心の中で…じゃダメ?

|| <Going my Angel> ||