Sweet


 少し日差しがきつくなりつつあるお昼前。女王候補であるアンジェリークは今日も彼女が育成
しているエリューションのために、聖殿に来ていた。いつもの通り、育成の依頼である。ただ、
その足取りはいつもと違い、活気がない。
「おなかすいた……」
 なんと言うことはない、空腹のためである。今日は寝過してしまったため、朝食をとり損ねた
のだ。一食を抜いても大丈夫な人間も世の中にはいるが、彼女の場合はその逆で。三食きちんと
食べないと、身体がもたない体質なのだ。
「早くジュリアス様に育成お願いしよう……。」
 とりあえず、ジュリアスに育成を依頼すれば、ちょうどいい時間になるだろう。何とか自分に
言い聞かせて、アンジェリークはジュリアスの執務室に向かった。

「こんにちは。ジュリアス様。」
「アンジェリークか」
「はい。育成をお願いします」
「わかった。」
 ふぅ。内心でため息。ようやく、ちょうど今から寮に戻れば、昼食にいい時間になるだろう。
「ところで、アンジェリーク」
「はい?」
「昨日私は王立研究院に行ってきたのだが……」
 パサリ…資料を取り出すジュリアス。嫌な予感がする。
「そなたのエリューションは……」
 嫌な予感的中である。だが、おなかがすいているので…とは言えない。ジュリアスはアンジェ
リークのためを思っていってくれている。それがわからぬほどアンジェリークは愚かではない。
空腹と戦いながら、アンジェリークはジュリアスの話に耳を傾けていた。

 そして…一時少し前。アンジェリークは聖殿の中庭にあるベンチに座っていた。
「おなかすいた……。」
 何のことはない、空腹で力が入らないのだ。もう少ししたら、この空腹感が麻痺されてしまう
はずなので、そこまで我慢することにした。そうでないと、ふらふら出歩けいて、心配されてし
まうだろう。まさか、空腹のため…とは言えない。
「何か、キャンデーでも持ってれば良かった」
 学校に通ってた頃なら、空腹を紛らわせるために、キャンデーやチョコレートをポケットに忍
ばせていたのだが、流石にここではそれをしにくい。アンジェリークは溜め息を吐く。
「何をしている…‥?」
 不意に陰が差し込む。顔を上げると、そこには長身の男性。闇の守護聖クラヴィスである。
「こんにちは。クラヴィス様!」
 慌てて、立ち上がり挨拶するが。空腹のため、ふらついてしまう。
「……。」
 そっと支えてくれるクラヴィスの手に戸惑うアンジェリーク。この人は無言でそっと優しいの
だと思ってしまう。
「ありがとうございます……」
「顔色が悪いようだが……」
「な…なんでもないんです」
 空腹のためだなんて言ったら、いくらこの人が相手でも呆れられてしまうだろう。だが、現実
はあまりにもこの少女に残酷だった。
 キュルル……。体は正直である。
「なるほど……」
「ごめんなさい……」
「謝る必要はない……。おまえが健康な体だと言うことだ……」
「はぁ……」
 まさか、この人の口から健康という言葉が出てくるとは意外で。
「時間はあるか……?」
「え……? はい」
「ならば、少し付き合うがいい。」
 そう言うと、くるりと踵を返すクラヴィスにアンジェリークはふらつく体をおさえ、慌てて着
いていった。

 着いていった先はルヴァの執務室である。
「おや…珍しい人ですね」
 相変わらず本に埋もれた生活をしているルヴァは珍しい人物に少し驚きを隠せない様子。
「こんにちは、ルヴァ様」
「おや…アンジェリーク」
 クラヴィスとともにいる少女にルヴァは戸惑いを隠せない。何故、この時間にこの二人なのだ
…と。
「まぁ…お茶を用意しますから、少し待っていてください」
 とりあえず、お茶を飲んで落ち着こう…それがこの人の生き方。だが、クラヴィスはすかさず
声をかける。
「ルヴァ……。この者に茶菓子を出してくれないか」
「はぁ……」
「ジュリアスに捕まって、昼食を食べ損ねたらしい……。」
 クラヴィスの言葉にアンジェリークは真赤になる。
「ど…どうして、それを……?」
「あれに捕まると長いからな……」
 長年の経験である。ルヴァもくすくす笑う。
「経験者は語る…ですね。私もそうですけど。ちょっと待っててくださいね」
「あ…おかまいなく……」
 はっきり言って、肩身が狭いアンジェリークであった。
「さ…どうぞ……」
「すみません……」
 お茶請けには少し多い量のお菓子をルヴァは用意してくれた。最初は遠慮していたが、身体は
本当に正直で。つい食べてしまう。
「あ…すみません。私ばかり食べてて……」
「いいんですよ。見ていて気持ち良いですから……」
「はぁ……。」
 誉められているのか…複雑な心境ではあるが。ルヴァの言い方に刺はまったくない。だから、
アンジェリークは気にしないことにする。
そうして、お昼過ぎの小さなお茶会は過ぎていった。

「ありがとうございました。ルヴァ様」
「いえいえ。こちらも楽しかったですから」
「じゃ、失礼します。」
 パタン。扉を閉めて出ていった少女にルヴァはクスリと笑う。
「あなたにしては珍しい行動ですね。クラヴィス」
「何が言いたい?」
「いえ…思ったことを言ったまでです」
 にこやかな表情にそれ以上追求する気も失せてしまう。ルヴァにいれてもらったお茶をとりあ
えず飲むクラヴィス。ルヴァはニコニコと自分の分のお茶のおかわりをいれるのであった。

 そして、数日後の日の曜日。ラッピングされた小さな紙包みを手に、アンジェリークは聖殿に
向かう。目指すはクラヴィスの執務室。
「こんにちは。クラヴィス様」
 暗い執務室にこの少女の金の髪は光を投げかけている。思わず、目を細めるクラヴィスにアン
ジェリークは笑顔を投げかける。
「何の用だ……?」
「この間のお礼です。
 そう言って、差し出した小さな包み。
「クッキーを焼いたんです。お口に合えばいいんですが」
「私ではなく…ルヴァにだろう……」
「ルヴァ様の分も焼いてますよ。それに、ルヴァ様の所に連れていってくれたのはクラヴィス様
ですから」
 だから、受け取ってください…と包みを押しつける。
「甘いものって…お嫌いじゃないですよね?」
「ああ……」
「良かった。甘いものって、疲れたときにいいんですよ。ほっとするんです」
 屈託なく笑う少女。何の打算もない。
「それじゃ。今から、ルヴァ様の所に言ってきます。」
 くるり…と踵を返すアンジェリーク。フワリ…天使の羽根が一瞬だけ、クラヴィスに見えた。
「アンジェリーク……!」
「はい?」
 立ち止まる少女の背には何も見えない。一瞬の幻だったのだ。
「いや…なんでもない……」
「そうですか? じゃ、失礼します。また、来ますね。」
 パタン……。扉が閉まる音。残されたクラヴィスはアンジェリークにもらった包みを開ける。
中には甘い香りのするクッキー。
「甘い……」
 一口、口にしての感想。だが、嫌ではない。心が和む…そんな味。
「甘いものは疲れをとる…か。ある意味、私の司る闇の力以上かも知れぬな……」
 自分らしくもない考えにクラヴィスは苦笑する。どうやら、かなり振り回されている自分自
身にも。
(それも悪くない…か)
 もう一つ口にする。甘いクッキーはそのまま少女の気質を表わしているようで。知らずにクラ
ヴィスは口元に笑みを浮かべていた。


餌付けアンジェ、再び。って言うか、こっちの方が話は先だったんだよ。これも友人にFAXしたんだよね。
アリオス・アンジェ書いてくれたお礼に。
しかし、この人たち、自分ではなく、他人に頼むところが…。

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