優しい雨


 雨はしっとりとすべての命を包み込む。だが、 春の雨にしては、その日の雨はとても冷たかった。しっとりとすべての命を
包むように降っている。
その雨に打たれながら、天真はじっと桜を見つめていた。いや、そう見えていただけかもしれない。
「こんなところで何をしている?」
「おまえには関係ないだろう」
 自分でも、八つ当たりだと自覚している。妹が見つからないことへの焦りが慣れない異世界の生活と相まって、心が軋み
そうになる。せめて、頭を冷やそうと、雨に打たれていた自分の心を見透かされたようで。
「神子様がお探ししている。邸に戻るぞ」
だが、こういう時に下手に同情の言葉を言わない頼久の性格はありがたい…と思えた。頼久はすたすたと先を歩いてゆく。
「何も聞かないのか……?」
 その言葉に頼久は足を止める。
「聞いて欲しいのか?」
「いや……」
「ならば、急げ。館に入ったら、神子殿にお目通りする前に、身体を温めろ。風邪をひいて、神子殿にうつしでもしたら、大変
だからな」
「ああ……」
 出会った頃ならば、この態度に簡単に反発していただろう。だが、出会ってしばらくして、それが彼の性格なのだと理解した。
 下手に色々と言われたり、聞かれるよりも、ほうっておいてくれた方がいい、そんな時がある。寡黙な彼は、それをよく理解
してくれている。
 先を歩く頼久との距離。だが、それは心地のいい距離。冷たいはずの雨ですら、今はもうどうでもよくなる。その背中について
ゆく。

 それは春の雨の日の話。冷たいけれども、心地よい雨の降る日の……。
 

書いてみたら、ものすごく書きやすかった話。こんな話でも受け取ってくださった響さおり様はとても慈悲深い方です……。