銀のスプーンで
夕方の公園。子供たちは一人一人、家路に辿りつく。それをぼんやりと少女は見つめている。旅の途中。アイテムなどの購入後、
何となく、宿に戻りたくなくて。ここで時間の流れるままに過ごしていた。
(もう…私はあんな風に笑えないね……)
笑顔の子供たち。振り返れば、何も知らずに無邪気に笑っていた頃の自分がいる。けれど、もう何も知らない子供ではない。あんな
風には笑えない。
裏切られる痛みを、引き裂かれるような心の痛みを、どうにもならないことへの無力感への痛みを知ってしまった。何も知らない
子供の様には笑えない。けれど、それをもたらせた人物を憎むことも出来なくて。
満月の夜。鮮やかな月明かりを背にマントを翻していた。金と緑の瞳のきらめきは不思議なほどに神秘的で、裏切った人物である
と言うのに、心惹かれずにはいられなかった。
傷ついたアンジェリークを仲間達は気遣ってくれる。本当は今の買い物だって、ついてくると誰もが言ってくれた。それを断わった
のは少女自身。一人になりたい…そう告げて。
最後の旅路への準備は整った。もうすぐ、この旅は終わる。そして、悲しい痛みの執着天へと、辿りつく。
大切な人だった。その人の前では肩の力を抜いて、話せた。本当に、大切な人だった。
「アリオス……」
今だって、名前を呼ぶだけで、胸が切なくなる。痛みとは別のもの。初めての、恋だった。結ばれないと知っていても、それでも…
この旅の間だけはずっと一緒にいられると思っていた。裏切られたのが悲しいのではなく、彼が傍にいないことが悲しいのだ。
(女王失格だね、私……)
膝を抱えて、うつむいて。もうしばらくはこうしていたい。今の顔では戻れない。仲間に心配をかけてしまう。
「……何をやっている」
静かなテノールが耳に届く。顔を上げると、夕日を背に立つ人が見える。闇の漆黒の髪ではなく、冷たい月光のような銀の髪をした
“アリオス”の姿。
「随分、余裕だな。勝機でも見出したか?」
冷たい口調。けれど、彼がそこにいるというだけで、何となく嬉しくて。アンジェリークはゆっくりと首を振る。
「ううん。お買い物をして、ちょっと寄り道」
「馬鹿か、お前……」
呆れたような口調も、軽くため息をつくその仕種も何も変わっていない。すぐにでも、元の二人に戻れそうな――。けれど、戻ること
など出来るはずもない。ちゃんと現実は存在するのだ。
「顔色が悪いわ、ちゃんと寝ているの?」
自分も青白い顔をしているくせに、そんなことを言ってくる少女の優しさが心に痛い。笑顔すら、見せてきて。
「それがおまえを裏切った男に言う言葉かよ」
皮肉を込めた言葉を少女は淡々と受け止める。まなざしは真っ直ぐなまま。
「だって、私には信じることしかできないもの……」
そう告げて、何でもないことのように、何時だって少女は笑う。笑顔の下に悲しみを全部封じ込めて。それが少女の強さ。だが、判って
いても、やりきれない。
「いい加減にしろ。今、この場でおまえのことを殺すことだってできるんだ」
苛立たしげに少女に詰め寄る。アンジェリークは身動ぎもしない。
「俺はおまえをこの手にこの手にかけることもできるんだ」
首にかけられた手はほんの少しの力を込めただけで、この華奢な首を折ることができるだろう。だが、それでも、少女は眉一つ動
かさない。
「抵抗ぐらい、してみせろよ。俺はおまえを裏切った男だ」
「私、言ったわ。裏切られたって、信じるだけって……」
少女の瞳から、零れ落ちる透明な滴が夕日に照らされ、紅に染まる。それは彼の知るどの宝石よりも美しく、悲しい色。
「馬鹿だな、おまえは……」
どこまでも、変わることのないそのまなざしは綺麗すぎて。
「馬鹿だ、本当に……」
ゆっくりと指が手から外されてゆく。
「アリオス……?」
「馬鹿だ、お前は……」
言葉とは裏腹に、優しく言葉を塞がれる。あまりにも優しすぎるから、涙が止まらない。
「そんな無邪気な顔してんなよ……」
さらって行きたくなる…、その言葉を飲みこんで。そうできないのはわかりきっているはずなのに。そんな衝動に駆られてしまう。
「早く、俺を殺しに来い……」
途端に離れてゆく。唇に残された温もりはまだ消えていないのに。追いかけることも出来ない。ただ、涙がこぼれるだけ――。
サイト開設のお祝いに空山樹様に差し上げたものです。タイトルは奥井亜紀さんの同名の曲からです。切なくて、とても好きなの〜。
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