しあわせのかたち

 昼休みのチャイムの音が鳴ると、至福の時間。そう、ランチタイムである。育ち盛りの女子高生は食べ盛りでもある。スモルニィ
学園の学食はカロリー表示がそれぞれのメニューになされており、ダイエット用の定食もある。だから、昼休みはきちんと食べる
生徒が多い。

 もちろん、お弁当の生徒もいる。学食は弁当もちの生徒にもお茶のサービスをしてあるので、かなり昼休みの食堂はにぎやかな
のである。

「アンジェ、学食行こ!」
 レイチェルの誘いにアンジェリークはお弁当の入った手提げ袋を手にする。それは少女一人のお弁当にしては多すぎる量。
「ごめん。私、これがあるから」
 それを見て、レイチェルは仕方なさそうに肩を竦める。
「あ、そうだったね。わかった。今日は別の子と食べるよ。でも、たまにはワタシにも付き合ってね☆」
「ごめんね〜」
 学食に向かうレイチェルを見送ってから、アンジェリークは弁当箱が入った手提げ袋を持って、教室を出る。向かうのは学食では
なく、物理準備室。

「失礼します〜」
 このスモルニィ学園には職員室はなく、それぞれの担当教科ごとに教官室が設けられている。大抵の教師は教官室にいるのだ
が、例外もいるのである。

「……ああ」
 入ってきたアンジェリークは淡々と迎える白衣姿の青年。名はレヴィアス。臨時教師として、スモルニィに在籍している。金と緑の
瞳を一つづつ持ち、神秘的な雰囲気。端正な顔立ちで、女生徒たちの憧れの的である。

「はい。お弁当です」
「もう、そんな時間か?」
「……」
 机の上には物理の専門書が山積み。元々は大学院で研究生活を送っていたのだが、病気のために入院した教師の代行として
やってきたのだ。だから、今でも授業のない時間は研究に費やしているらしい。女生徒に人気がありながら、なかなか近づけない
のは、クールで近づきがたい雰囲気とその辺に理由があるらしい。

「研究もいいですけど、ちゃんと食べないと、身体壊しますよ」
「すまぬ……」
「もう慣れましたけどね。はい、今日はチキンカツと卵焼きが入ってます」
 そう言って、アンジェリークは弁当を差し出す。弁当を受け取ると、どこか嬉しそうに弁当箱を開く。
「……うまそうだな」
「先生、その前に手を洗ってください」
「ああ、そうだったな」
 レヴィアスが手を洗う間に用意した紙コップに二人分のお茶を入れる。
「洗ってきたぞ」
 そう言って、奇麗に洗った手を見せるレヴィアス。普段のクールな様子とは違い、どこか子供みたいな仕種。レヴィアスがこの
学校に来てから、すっかりなじみとなった光景。


 ことの発端は、アンジェリークがスーパーに買い出しに行った時のこと。料理部の部長であるアンジェリークは材料の買い出し
なども請け負っている。その時に赴任したばかりのレヴィアスと鉢合わせだったのだ。

「先生もお買い物ですか?」
「ああ」
 何気なく見たかごの中はサプリメントと栄養補助食品の山。
「これ…何ですか?」
「我の食事だ」
 当然そうにいうレヴィアスの言葉にアンジェリークの顔はひきつった。
「……自炊なさらないんですか?」
「しなくても生きていける」
「……せめて、お弁当とか」
「弁当は我の口に合わぬ。必要な栄養はこれで摂れるのだから、問題はあるまい?」
「……」
 プチン…その時、アンジェリークの中で何かが切れた。レヴィアスからかごを取り上げると、中のものを全部すごい勢いで戻して
しまう。

「何をする……」
「先生のお家はこの近くですか?」
「ああ…近くのマンションを借りている」
「じゃあ、私が作りますから。そこで待っててください!」
 アンジェリークの迫力に呑まれ、そのままそこに立ち尽くすレヴィアス。しばらくすると、てきぱきと買物をすませたアンジェリークが
戻って来た。そして、向かうのはレヴィアスの自宅があるマンション。

「何でこんなに台所が広いのに、使ってないんですか?」
「我には不向きだからだ」
「開き直らないでください!」
 きっぱりと言い切るレヴィアスにアンジェリークは思わず怒鳴りつけてしまう。
 立派な調理器具は使われていない様子で、新品同様。それらを持ち主よりもてきぱきと使いこなし、アンジェリークは手早く料理を
作る。

「栄養補助食品やサプリメントはあくまでも補助です。栄養はちゃんと食べ物から取るのがいいんですよ。家庭科の授業で習いま
せんでしたか?」

「我の学生時代は家庭科は女生徒のやるものであった」
「……そうでしたか」
 そう言えば、家庭科が男子必修になったのは数年近く前。もっとも、必修であったとしても、彼がそれに向いていたかどうかは
わからない。どうも、生活能力がかけているとしか思えない。部屋は整理されていると言うより、何もない状態。唯一たくさんある
ものといえば、研究所とパソコンと机と椅子とベッドだけ。テーブルすらもないので、本の整理用の段ボールに作った料理を置いて
いるのだから。

「外食はなさらないんですか?」
「……味がしないからな」
「……?」
 もしかしたら、味覚がないのかも知れない…などと考えてしまう。食べることに興味がないから、ああいったものに走るのかも…と。
「食べてもいいのか?」
「あ、はい。どうぞ」
 恐る恐る、レヴィアスの反応を待つ。だが、帰ってきた反応は別のものであった。
「うまい……」
「え?」
「こんなにうまい食べ物は初めてだ……」
 そう言い切ると、まるで子供のようにぱくぱくと食べ始める。
「本当においしいですか?」
「ああ。我が食べたものの中では最高だ」
 皿まで食べかねない勢いで食べているレヴィアスは答えるのも面倒そうな感じ。確かに家庭科部の部長をしているだけあり、
それなりには自分の腕には自信がある。だが、外食をして、味がしないという彼のその言葉はなかなかに信じられなくて。

「だって…味がしないって……」
「格式張った内装、材料の高さと料理人の経歴ばかりと、来た客の家柄を誇るような店しか知らぬ。我のために…こんなに一生
懸命に作ってくれたものを食べるのは初めてだ」

 そう言って、満足そうに食後のお茶を飲むレヴィアス。
「虚飾の世界のものしか、食べておらぬからな。サプリメントをかじっているほうがよほどましだと思っていた。だから、食べ物が
こんなにおいしいとは思っていなかった」

「先生……」
 キュン…とアンジェリークの胸が締め付けられる。
「本当にうまかった」
 そう言って、笑うレヴィアスの顔はまるで子供のようで。放っておけない感じがした。そして、その後、洗い物の仕方と翌日の朝
御飯の用意をして、アンジェリークはレヴィアスのマンションを後にした。


 そうして、こういう日々が始まった。今思うと、あの笑顔にだまされたのかも知れない…と思わないこともないが、本当に生活能力に
欠けているのだから、放っても置けない。

「うまいぞ、アンジェリーク」
 本当においしそうに食べてくれるのだ。作り手としても、作り外がある。料理部の活動の時は、試食の時にレヴィアスを呼ぶことにも
している。他の部員たちも上手くレヴィアスに食べてもらえるのなら…と、頑張ってくれる。

「でも、先生も自分で作れるようになってくださいね」
「……自分で作っても、おいしくない。そんな時間があれば、研究に使う。それに、こうしてアンジェが作ってくれるからいい」
 きっぱりと言い切る。研究者にアンジェリークガ偏見を持ってしまったのは言うまでもない。
「私は先生の飯炊き女じゃありません!」
「……じゃあ、妻ならいいのか?」
「どうして、そんな話になるんですか?!」
 話の展開が飛びすぎている。
「我は本気だぞ?」
「じゃあ、ご飯を作ってくれる人と結婚したらいいじゃないですか」
 そう言う理由でプロポーズされるのは悲しい。他においしいご飯を作れる人がいれば、その人がいいと言うことになる。
「我はアンジェリークの作るものが一番おいしい。ずっと食べていたいと思う。それではいけないのか?」
 真剣な瞳で見つめてこられると、反応に詰まってしまう。元々が端正な顔立ちだから、ジッと見つめられると心臓に悪いのだ。
「食べ物がおいしいと思えたのはアンジェリークがおいしいものを食べさせてくれたからだ。だから、責任を執る必要があるだろう?」
 冗談ではなく、彼は本気で言っている。
「だって…食べ物だけでしょう?」
「……我のことを心配してくれて、そうしてくれているのは知っている。そう言うところも、愛しく感じるのだが」
 淡々とでありながら、ストレートに告げられる言葉。ずっと年上なのに、まるで幼子のようで。放っておけない。
「もう…先生ってば……」
 椅子から立ち上がって、ギュッと抱きしめる。
「まるで子供みたいなんだから」
「そうなのか?」
「そうですよ。だから…ほっとけないんです。傍に居ます。目が離せないんだもの」
 普段のクールな授業態度とは裏腹の子供みたいなところ。そうした全部にいつの間にか心魅かれていたから。
「ならば…ずっと、目を離すな……」
 そう告げると、レヴィアスはアンジェリークを自分の膝の上に乗せる。
「せ、先生?」
「今はレヴィアスと呼ぶがいい」
「レヴィアス……?」
 ただ名前を呼ぶと言うことだけなのに、愛しい人の名前だと、鼓動が跳ね上がる。そんな少女に満足そうに微笑むと、レヴィアスは
そっと少女の顎をとらえる。暖かく重なる唇はレヴィアスが食べたどんなものよりも美味であった。



27000HITを踏まれたユリコさまからのリクエスト。学園ものでレヴィアス先生です。アリオスに比べると、彼は生活能力が欠けてる
イメージが強くて……。ほら、育ちがいいから(爆笑)