彼の予約席



 色とりどりに飾られた、にぎやかな街の中。
「アンジェ、早く来いよ!」
「待ってよ、アリオス〜」
 人混みをうまく避けて、先を歩くアリオスに対して、人混みに流されそうになっているアンジェリーク。ぱっと見では、幼い少年と
年頃の少女。だが、新宇宙の最初の生命と女王、それが二人の存在。だが、今日だけは違う。故郷でもあるこの宇宙を司る金の
髪の女王の計らいで、この街のカーニバルに遊びに来ているのだ。

『街なんかはまだできてないんでしょう? 視察ってことで、遊びにいらっしゃい』
 その言葉とともにこの時期は予約が殺到していて取れない宿まで、取ってくれた。実際、新宇宙にはアリオスが生まれてから、
少しずつ人口は増えてはいるものの、街を作るまでには至らない。概念や仕組みを知っておくに越したことはないのだ。

「もう…アリオスってば、早いわよ〜」
 ようやく追いついたアンジェリークが恨みがましい目で見つめてくる。
「アンジェがとろいんだろ…って……」
 それ以上の言葉は絶句されてしまう。手にはしっかり、キャンディだの、クレープなどが握られている。
「信じらんねー、俺より食いもんのほうを選ぶのかよ……」
「ち、違うわよ〜。だって…『私を食べて』って、呼ぶんだもの……」
「……別にいいけど。それより、行こうぜ」
 視察だろうが何だろうが、アンジェリークと一緒に歩ける大切な日。一秒でも時間は無駄にしたくない。だが、またアンジェリークの
足が止まってしまう。

「何やってんだよ……」
 立ち止まったのはアクセサリーなどの雑貨を売っている露店。
「あれ、可愛いなぁって思って……」
 アンジェリークが指差すのは、ガラス玉の玩具の指輪。その気になれば、いくらでも至宝の物が手に入る身分であるというのに、
こういう所は普通の少女と変わりはしない。

「オンナってのはこういうのが好きだよな〜」
「だって、可愛いんだもの」
 理由にならない理由…である。だが、少女の攻言う表情を見るのはとても楽しい。
「おっさん、これ、いくらだ?」
「アリオス?」
 慌てるアンジェリークにアリオスは不敵に笑う。
「買ってやるよ」
「え、いいってば!」
「バーカ。こういうときはおとなしく買ってもらうもんだろ?」
 てきぱきと主に代金を渡してしまう。
「ほぅ…坊やは偉いなぁ。お姉ちゃんに贈り物かい?」
「……坊や?」
 指輪を袋に入れながら、店の主人はにこやかに笑う。だが、アリオスの表情は凍りついている。
「お嬢さんも、いい弟さんを持ったね〜」
「……はぁ」
 なんと答えるべきか分からなくて、曖昧にうなずくアンジェリーク。さらにアリオスの表情が固まる。
「アンジェ、先に行くからな!」
「あ、アリオス……」
 慌てて指輪を受け取って、アンジェリークはアリオスの後を追ってゆく。
「バカだね…あんた……」
 買い物袋を持った中年の女が大げさに溜め息を吐く。主の妻である。
「何がだよ?」
「兄弟じゃないよ。あの二人は。ちゃんとあの男の子はオトコの顔してたしね」
「……年が離れてるぞ?」
 年頃の少女と十にもならない少年…である。
「これだから、オトコってのは……」
 大げさに両手を上げてみせる妻に疑問が残りはするが、それが真実なら、かなり失礼なことをしたことになる。
「世の中、色々あるわな……」
「もし、通りかかることがあれば、謝っておやりよ」
「わかったよ」
 …と、そんな会話が夫婦の間でなされていた頃、町外れでようやくアンジェリークはアリオスに追いついていた。祭りの喧噪からは
かなり離れてしまった。

「……あのね、アリオス」
「いいぜ、気を使わなくても。どうせ、俺はまだガキなんだし。弟にしか見えないってのは事実だし」
 そう言いながらも、プイと背中を向けてしまう。わかってはいること。早く追いつきたいけれど、追いつけないジレンマ。
「アンジェが俺のこと待てるかどうかもわかんねぇしな」
「……バカ!」
 畳み掛けるような怒鳴り声。慌てて振り返ると、泣きそうな顔のアンジェリークがそこにいる。 
「……私はアリオスが大好きよ。それだけじゃ…ダメなの?」
 フワリ…と、甘い香りに包まれる。アンジェリークの柔らかな腕の中に閉じ込められたから。
「あなたが生まれてきたこと…すごく嬉しかったのよ? 今もこうして傍に居られることが嬉しいのよ? それじゃ…ダメ? 私の方が
年上だから、嫌になる?」

「嫌なわけない……」
 胸が痛い。こんな顔をさせたいわけじゃない。自分が子供でもどかしい。
「アンジェの傍に居たい。アンジェを守るのは俺だからな」
 生まれてきた時から、ずっとそう思っていたから。それ以外の道など考えたこともない。アリオスはアンジェリークの手にある指輪の
包みを取り出す。

「アンジェ、左手」
「え、うん?」
 言われるままに左手を差し出す。恭しい仕種でアンジェリークの薬指に指輪をはめる。
「アリオス……」
「待ってろよ。本物はちゃんと買ってやるから。これは予約だからな」
 そっと柔らかな唇がアンジェリークの頬に触れる。
「待っててもいいの?」
「……待ってくれなきゃ困る」
 今度は柔らかな唇に口づけて。誓いの証となる。それはいつの日にか叶えられる約束。少年が青年となり、天使の翼を守るその
時に……。

21000HITを踏まれた翠さまからのリクエスト。姉弟に間違えられ、拗ねてしまうアリオスとそれを慰めるアンジェ…なのですが。これ、
時間があればエピローグ書きたかったかも。はう〜。