Reason


「レヴィアス、お誕生日おめでとう」
 そう言って、カードを差し出すエリスにレヴィアスは不可思議そうな顔をする。
「何がめでたいんだ? 年を一つとっただけだ」
「そんなことないわ。レヴィアスが生まれてきた大切な日よ」
「……そんなわけない」
 片目だけが金色の瞳に生まれた中途半端な存在、だ。王位を奪われた父がつけた正当なるものの意味を表す言葉。何もかもがうっとうしい。いっそのこと思うのだ。生まれてこなければよかった…と。
「そんなわけあるわよ。だって、アリオスが生まれてこなければ、私たち出会えなかったのよ。だから、そんなこと言わないで」
 悲しそうな瞳でそう告げるエリス。レヴィアスが大事なのだ…と告げるのだ。けれど、レヴィアスにはやはり誕生日を祝う意味などが理解できなかった。
 ただ、自分を思ってくれるエリスの気持ちは嬉しいので、その華奢な体を抱きしめた。



「……?!」
 まるで昨日のことのような明確な記憶の夢に、目を覚ましたときアリオスは思わず自分の周囲を見回した。新宇宙の王宮に与えられた私室のベッド。女王直下で働く存在、それが今の自分だ。
「何だって、今更あんな夢を……」
 転生前の記憶、だ。自分の罪を忘れたわけではないが、過去を振り返って否定や後悔などはしたことがない。
「俺が生まれた日、か……」
 こんなたわいのない会話を思い出すこともなかった。誕生日を祝うエリスをいつも拒んでは困らせていた。どうしようもない、と今なら思う。
「俺はおまえにどう言ってやったらよかったんだろうな……」
 呟いても答える人はもういない。アリオスは軽くため息をついた。



「アリオスさん、お誕生日おめでとうございます!」
「……」
 会うなり、いきなりかけられたその言葉にアリオスは困惑する。エトワールと呼ばれていた少女、今は聖天使として宇宙を飛び回る存在、エンジュである。
「何の話だ?」
「やだ、忘れてません? 今日はアリオスさんの誕生日じゃないですか。もしかして、もう……」
「その、もう…の後はつっこまない方向でな」
 どうせ、レオナード辺りが有ることないこと勝手に言ってるのだろうと想像はつく。
「ここんとこ、補佐官殿に言いようにこき使われてたんだ。覚えちゃいねぇよ」
「そうなんですか? 今日はお祝いだからお休みなんですよね? レイチェル様が言ってましたよ」
「あの女……」
 恩着せがましく今日は休みだからと言われていた気がしたが、こういうわけか…と思う。
「お昼からは陛下とご一緒されるんですよね? だから、お祝いするなら、今のうちがいいかと思ってきたんです」
 にこにこと笑う少女に罪はない。
「しかし、おまえもマメだな……。守護聖たち一人一人にもやってるんだろ?」
「好きでやってますから。その人が生まれた日を祝福する日、ですから。そして、感謝する日ですよ。あなたに出会えてよかったって。そう思うから、お祝いするんです」
「……」
「だから、プレゼントです。陛下と一緒にどうぞ」
 そう言って、エンジュが渡してきたのはワインだった。口当たりがよく、アンジェリークの方が好みそうだ。二人で過ごすのなら、こちらがいいと彼女の判断だろう。
「じゃあ、私行きますね。これから、レオナード様のところに顔を出さないと」
「聖天使返上して、お目付け役の方が向いてるんじゃないのか?」
「補佐役の人に泣きつかれるのは勘弁してほしいんですけどね」
 悪戯っぽく微笑んで、エンジュは彼の元から去っていった。


「エンジュから? お礼を言わないと」
 午後からはアンジェリークも公務を休みにしたらしい。そのために仕事をできるだけ切り上げたらしいが。
「言われるまで、誕生日ってことを忘れてたからな。一瞬、何言ってんだって思った」
「毎日忙しいから、麻痺しちゃってるのね」
「ああ、補佐官殿にこき使われているおかげでな」
 アリオスの言葉にアンジェリークは何ともいえない顔をする。
「その…レイチェルにはあまりあなたに無理をさせないようにって言ってるのだけどね」
[ああ。気にすんな。おまえに対しては思うところはねぇからな」
「そう……」
 何とも複雑そうな顔をするアンジェリーク。
「正直言うと、今でもわからない。誕生日を祝う意味が」
「アリオス……」
「祝ってくれる奴にどうしたらいいのか、もな」
 ここにいることすらもある意味奇跡だ。目の前の天使がアリオスを赦したから。彼の何もかもをの罪を。
「あなたに出会えて嬉しいから、あなたが生まれた日をお祝いしたいじゃだめなの?」
「生まれてこなかったら、出会えなかったってことか? 出会わなければ、よかったと思うかもしれない相手のために」
 伝えられた言葉はそうだった。けれど、出会わなければ、幸せでいられたのではないかとも思うのだ。
「あのね。女王である私が言うのもなんだけど。出会いって奇跡よね。いろんな偶然や必然が重なって起こるものよ。誕生日をお祝いしたいって思えるほど、親しい人と出会えるのはもっと大きな奇跡よ? だからこそ、その人が生まれてきた日が何よりも大切なんじゃないかしら。その時、何よりもその人を思っているからだもの」
 そう言うとアンジェリークはアリオスの手をそっと自分の手で包む。
「私はあなたがここにいることを、そばにいてくれることが何よりも嬉しい。だから、あなたの存在を感謝するためにお祝いしたい。きっとね、みんな同じように思っていたからよ」
 あなたにここにいてほしい、あなたが大切なのだ、と。伝えるために、と。
「俺が自分の存在を憎んでいたとしたら?」
「……だったら、なおさらよ。あなたをこんなに大事にしている『私』がいることを、きっと伝えたかったのよ?」
 現在形でなく、過去形の言い方にアンジェリークは気づく。そっと握る手を強める。
「きっと、私だけじゃなくて……」
 その先はあえて言わない。ただ、伝わる優しい手の温もり。
「だから、私も言わせてね。お誕生日、おめでとう、アリオス……。あなたが幸せであることを願うわ」
 祈るようにささやかれたその言葉に胸が痛くなる。心にしみこむ声。
(……やっと、俺は受け入れられたのか?)
 あの時にどう答えればよかったのだろう。そう問いかけたら、きっとエリスは笑うのだろう。今のアンジェリークのように。
 それが幸福だったことを思い出せるのは、今がまた幸福だからだ…と、不意に思う。
 今はまだ曖昧なままだけれど、きっといつか……と。



生まれてきた日をお祝いする意味がわからないままのアリオスって言うのを書いてみたかったので。
それを受け入れられる日がきっと来ると思います。 

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