楽園


 窓の外に広がるのはこの世の楽園とも言える光景。光溢れ、色とりどりの花が咲き乱れている。どこまでも青い空。清らかな
水を湛える泉。小鳥たちも楽しげに歌う。

 それは窓の外を見つめる少女のためだけに作られた光景。
(また……)
 命の灯火が消えてゆくのを感じ、かつての天使は瞳を伏せる。
 全てを捨てて、かつての侵略者である孤独な青年の元に天使は自ら堕ちることを望んだ。だが、周囲がそれを許すはずもなく。
天使を穢した青年から、天使を取り戻そうとする。天使がそれを望んだのにもかかわらず、だ。

(あの人に罪を背負わせてしまう……)
 そのことだけが少女の瞳を曇らせた。共にあることを望むだけ、だ。だが、罪人と天使を祝福するものなど居ない。引き離そうと
する者たちの手から、天使を奪わせないために青年は罪を重ねつづける。そのことだけが悲しいのだ。

「何を泣いている……?」
 今もまた、返り血に染まった青年が苦しげに天使を見つめる。
「あなたに罪を背負わせることが悲しいの……。ただ、そばに居たいだけなのに……」
 自分のために涙を流す天使に青年は手を伸ばそうとする。だが、血に塗れたその手で少女に触れることを恐れ、その手を宙に
さまよわせてしまう。

「レヴィアス……」
 天使は手を伸ばし、その手を取る。
「アンジェリーク……」
 自分の手を取り、頬をすりよせる天使に何よりの愛おしさを感じる。血に塗れ、感覚がなくなりそうなこの手に、少女の涙が、ぬくもりがまだ正気を保たせてくれる。
「愛している……」
 伝えるべき言葉は一つしかなくて。それ以上の言葉は心には追いつかない。罪を背負いながらも、互いを求める心には……。

「――!」
 右腕から血が流れる。致命傷には程遠いものの、傷ついたのは利き腕。剣を持ちつづけるのは容易ではない。いつものように
天使を取り戻しに来た侵略者を迷宮で迎え入れた青年は不意をつかれてしまったのだ。

(チッ……)
 魔道を紡ぐにも集中は難しい。目の前の侵略者も手負いであるが、良くて相討ちだろう。だが、その時――。
 フワリと白い羽が舞いあがる。それは一瞬の幻想。栗色の髪の天使が姿を現す。穏やかな笑みを浮かべ、侵略者に近づいて
ゆく。

(アンジェリーク……?)
 侵略者は天使が自らの意思で戻る、そう思い、安堵の表情。そう、彼らの第一の目的は何よりもこの至高の天使。だが、青年は
天使の手に光るものを見逃さなかった。

「よせ、アンジェリーク!」
 だが、青年の声が届くより前に、天使の右手の中のナイフが閃いた。
「ぐ……」
 心臓に近い位置。かろうじで急所を避けている。
「これが私の意思だと、伝えてください……。そのために、急所を外しました」
 淡々と穏やかな声。信じられないというような侵略者に静かな声で天使は告げる。
「私がこの人の側に居たいんです。だから、もう来ないで……」
 静かな声で少女の身体から大いなる力が放たれる。宇宙を治める女王だけが持つ力、聖なる力、女王のサクリア。目映い光が
すべてを包み込む。光がやんだ瞬間、侵略者の姿は消えていた。

「アンジェリーク……」
 白い天使の御手が真紅の血に染まっている。だが、それすらも少女の清らかさを失わせない。それが青年とこの天使の違い
なのだろう。

「軽蔑…する……?」
 悲しげに伏せられた瞳。
「莫迦だ…おまえは……」
 そっとその華奢な身体を抱きしめる。儚くて、今にも消えてしまいそうなその身体を。
「おまえが罪を背負うことはない……。堕ちるのは俺だけで……」
「駄目…駄目よ……」
 天使は首を振る。
「言ったでしょう? あなたと分かち合いたいの、すべてを……。あなた一人に罪を追わせたりしない……」
 天使は微笑する。穢れてもなお、輝きを失わぬその微笑み。
「私、堕ちることは怖くない。だって…あなたの傍に居ることができるんだもの……。怖いのは…あなた一人に苦しみを、罪を背負
わせること……。だから、こんなこと、何でもないの……」

「アンジェリーク……!」
「だって…あなたの心が軋んでゆく音が聞こえるの……。そんな音、聞きたくない! そんな音聞くくらいなら、私が……!」
 天使はそっと青年の頬に手を伸ばす。
「どうしてなんだろうね…ただ、傍に居たいだけなのに……。ただ…あなたを愛しただけなのに……」
 もし、普通の少女なら、とは考えない。二人が今の立場だから、出会えたのだから。
 だが、互いを愛し、愛されることが罪だと言うのなら……。どうして、出会わせたのか。自らを守り切れず、この少女一人に全ての
責任を負わせ……。

 ゆっくりと軋んでゆく心。それでも、求めるのは目の前のただ一人の相手。他には、もう、何もいらない。
「俺と堕ちるか……?」
「レヴィアス……?」
 告げる言葉とは裏腹にその瞳は苦しげで。本来なら、至高の地にいる聖なる存在。自らへの愛でここに留めてしまった。本当に
天使の幸せを願うのなら、手放すことが一番なのだ。だが、もう、手放せるわけがない。そして…天使がそれを望むのなら……。

 それでも…痛む胸はただ、天使を案じて。そんな青年に天使は穏やかに微笑む。
「何もいらない……。ほしいのはあなただけ……。ほかには何もいらない……」
 そっと背伸びをして、天使はその意志を唇に載せて、青年のそれに重ねる。
「だから…いいの……。あなたは悪くないの」
 そっと青年の胸に顔を伏せる。
「本当に莫迦だな…おまえは……」
 腕の中の天使をきつく抱きしめる。決して羽ばたくことのないように、強い力で。もう、二度と手離さないように。少女の手が青年の背に回される。
「――」
 青年の唇から紡ぎ出される呪文が空間を歪めてゆく。歪められた空間に続くのは、混沌の闇。それは部屋一杯に広がり、二人を包み込む。
そして、何もかも飲み込んだ混沌を生んだ歪みは静かに消えていった……。


 光も届かない、闇よりもはてなき混沌の中、互いを抱きしめあい、二人は静かに眠る。互いの存在を感じ、何よりも幸福そうな
笑みを浮かべ……。そこが楽園の中とでも言うように……。

「ガラスの王国」の表側の続きです。(この言い方もなんだかなぁ…) ある方にいただいた話のお礼なのですが、何処が礼になってる
んだろう…。レヴィアスモードだと、どうしてこんなにダークが似合うんだろう…。

|| <Going my Angel> ||