ラプソディ・ラプソディ


 琥珀の入ったグラスを片手に、窓の外をアリオスは眺める。鮮やかな満月。太陽とは違う、神秘の光はその輝きが
一番増すこの日にはよりいっそうの魔力がこもっているようだ。こんな夜は仲間達と別行動を起こして、彼が本来いる
べき場所に戻るはずなのだが、なぜか、今夜はそう言う気分になれなかった。

「……?」
 ふと、窓の外を見るとこの旅を率いている少女の姿。一人でいる様子。アリオスは軽く溜め息を吐く。今は深夜である。
ここが村の中の宿とはいえ、モンスターが出ないとは限らない。いくら、多少の魔法が使えるとは言え、無防備すぎる。
もっとも、誰かといるからと言って、安心とは限らないのだが。

「まったく…手のかかるお子様だぜ……」
 口ではそう言いながら、顔は少し笑っている。悪戯っ子を見つけたときのような瞳。アンジェリークに気づかれぬように、
窓から手頃な木の枝に飛び移り、するすると下りてゆく。アンジェリークはアリオスの姿に気づくことなく、月を見上げて
いる。
アリオスは気配を消して、アンジェリークの背後に忍び寄り、そっと耳元にささやく。

「おとなしくしろ……」
「……!」
 ビクン! 一瞬、アンジェリークの身体が強ばるが、すぐに振り返って、きっとにらみつけてくる。
「アリオス……」

 気が抜けたのか、ポカンとした様子で自分を見つめるアンジェリークにアリオスはクスクス笑う。その態度に少女は
カッと顔を赤らめる。

「ひどーい。からかうだなんって」
「おまえが無防備なんだよ。こんな夜に一人で」
「だって……。」
「だって、なんだ?」
「お月見…したかったんだもの……。」
 きまり悪そうにいうアンジェリークに一瞬キョトンとするアリオス。だが、すぐに声を出して、笑い出してしまう。
「バカか、おまえ……。」
「わかってるわよ、バカだって……。それに、こんな時だもの。不謹慎だよね。でも、月が綺麗なのが悪いのよ……」
「おいおい……。」
 確かに鮮やかな満月ではある。この天使が魅入られるのもわかる気がする。
「だからって…一人ではないだろうが。無防備すぎるぜ。おまえが頼めば、誰だって一緒に月ぐらい見てくれるだろう」
「だって…私のわがままに付き合わせたら、迷惑だもの。皆さん、日々の戦いで疲れているし。」
 自分なりに気遣っているわけだが、こんなことをして、怪我でもされた方が迷惑だとは考えたことはないらしい。この
辺がこの少女らしい。第一、この少女に誘われ、わざわざ断る者もないだろう。

「しゃあねぇな。俺が付き合ってやるよ」
「いいの?」
「おまえ一人にするわけにはいかねぇだろうが」
「……ごめん。でも、ありがとう」
 嬉しそうなアンジェリークにアリオスは目を細める。まぶしすぎる笑顔。無邪気な仕種。月の光はこの天使をより一層、
神秘のものにする。

「わーい、綺麗。」
 月の下で無邪気にはしゃいでいるアンジェリーク。この宇宙を救えるたった一人の存在。だが、そんなことを感じさせ
ないくらいに無防備な仕種。今、この時点で、その身を手折ってしまうことができるほどに……。

「ねぇ、アリオス!」
 フワリと少女は微笑みかける。それは天使の持つ笑顔そのもので。一瞬、アリオスは魅入られる。
「アンジェリーク……?」

「なに?」
 フワリ…と、アンジェリークが振り返ったその瞬間、少女の背に大きな光の翼が見えた。そして、今にもはばたきそうな
少女。本当に天使となって天に還ってゆく…そんなイメージ。

「……。」
「きゃ!」
 気がつけば、アリオスは衝動的にアンジェリークを抱きしめていた。
「ちょっと、アリオス!」
 突然の行動に驚きながらも、気丈にもアリオスの腕を降り解こうとするアンジェリーク。だが、力の差が大き過ぎて、
叶わない。

「黙ってろ、色気がねぇな……」
「色気って……!」
「口うるさい女は……」
 それ以上の言葉は聞くことができなかった。状況が判断できず、アンジェリークは呆然とする。閉じられたアリオスの瞳。
強く抱きしめられているからだ。そして…塞がれているのは自分の唇。

「…んぅ……。」
 じたばたともがこうとするが、叶わない。より深くなる口付けに、少女の身体からは確実に力が失われてゆく。
「ふぅ……。」
 ようやく唇が離れた頃には天使は青年の腕に簡単に捕えられていた。アリオスはアンジェリークの首筋に唇を落とす。
「え……。」
 突然の行動にアンジェリークは戸惑いを隠せない。ここは宿の中庭だ。こんなところで、何をするつもりなのか。そして、
誰かが来たら……。

「やぁ……。」
 ビクン…とアンジェリークの身体が跳ねる。身体に力が入らない。足がガクガクと震えている。
「やめ…て……。」
 見知らぬ感覚にアンジェリークの瞳が潤む。恐い、何もかもが。何よりも、今、自分を抱きしめている青年が。いつもとは
違う彼…だ。

「……。」
 アリオスは無言でアンジェリークを抱き上げると、四阿のベンチに下ろし、そのまま横たえさせる。
「やだ…って……。」
 力の入らない腕でそれでも抵抗しようとするアンジェリークを難なく押さえつけて、アリオスは口づける。少女の身体から、
抵抗する力がなくなるまで、それは続けられる。

「はぁ……」
 潤んだ瞳でそれでもアリオスをにらみつけようとするアンジェリーク。それがどれだけ、彼を煽らせるのかなんて、考えも
しない。アリオスは…そっとその唇をなぞる。

「知らないのか? 満月は人を狂わせるんだぜ……。」
 ぞくっとするほど、鮮やかで妖しい笑顔。だが、魅入られずには見つめずにはいられない。その瞬間、天使は地に堕ちた
のかも知れない。

「おまえを誰にも渡すかよ……」
 そう、天使に羽根があるのなら、手折ってしまえばいい。それを罪だとするのなら…神など、恐れる必要もない。彼自身が
神になろうとするものなのだ。

「あ……」
 少しずつ、露にされてゆく白い肌。無垢な天使の身体が淡く淡く染まってゆく。ほかの誰でもなく、アリオスの色にだけだ。
「ん……」
 初めて触れる天使の身体はガラス細工のように繊細で。世界中のどんなものよりも甘美で。手離せるわけがない。ほしい
のならば…この手に捕えてしまえばいい。

「アリオス……!」
 切なげに自分を呼ぶ声が心地よく感じる。自分だけの色に染まった少女の身体を激しくかき抱く。自分だけの証を刻んで、
その翼を手折ってしまう。自分のそばにとどめておくために……。


 月の光に抱かれて、ラプソディが奏でられる。天使に魅入られ、それを捕らえようとする青年と捕われの天使が奏でる…
絶対的な美しさの音色が夜に融けていった……。


少しだけ、誤字脱字を直しただけです。半年経ったから、再録しました。再版予定もないし。怪しい雰囲気を目指したのですが…。