ピュアストーン
傍に居ると、嫌でも鼻につく甘い香水の香り。そして、煙草の匂い。それは彼女の一番大嫌いなもの。自分が嫌でも、子供だと
思い知らされるから。
「もう…何本目よ、その煙草」
「まだ、今日は一箱も吸ってねぇぜ」
「一時間で三本は多いと思うんだけど……」
そう言って、アンジェリークはアリオスの手から煙草を取り上げる。
「私は煙草が嫌いなの。ホストなら…女性の好みに合わせるべきじゃないの?」
「客でない相手に気を使ってどうする」
そう言いながら、アリオスは肩を竦める。人気ホストと女子高生、それが二人の立場である。関係は…というと、こうしてアン
ジェリークはアリオスの部屋に出入りしているが、恋人…というわけでもない。アンジェリークにしてみれば…ではあるが。
出会いからして、変わっていた。待ち合わせの相手が来なくなったアンジェリークと喫茶店で相席になったのが、きっかけ。
それから、
何となく週末に会う日々が続いていた。連絡はいつもアリオスから。アンジェリークの持つ携帯にメールが入る。アンジェリーク
から
かけることはない。この携帯も、アリオスがアンジェリークに持たせたもの。この番号はアリオス以外は知らない。
こうして、アリオスの部屋で過ごしたり、海や郊外にドライブをしたり。それでも、恋人らしい会話を交わしたことはない。
ただ、二人でぼーっと海を眺めたり、景色を見たり。時にはアリオスはアンジェリークがいても、昼寝をしたりするのだ。そして、
アリオスは
何も言わないし、アンジェリークも何も聞かない。
(私って、何なんだろう……)
恋人では決してないとしか言えない二人の関係。年上の彼の気紛れに振り回されているようで。
受身なのは彼女のポリシーに反するが彼の気持ちをはっきりと聞くのは怖い。
きっと彼から見たら、子供が足掻いてるとしか見えないのだ。悔しいけれど、10以上の年齢差は大きな壁なのだ。
(別にいいけど……)
何時か来る別れなど判りきっている。ならば、今さえよければいい。深入りしなければ、傷つくこともない。そう自分に言い
聞かせて。
「どうした?」
「……別に」
プイ…と顔を背ける。自分でも可愛くない行動だと自覚している。だが、他にどうしていいのかも分からない。
「そろそろ帰るね」
何気ない時間を過ごし、アンジェリークが帰るのは七時を過ぎた頃。
「たまには門限ぐらい破ってみろよ?」
「あいにく、名門女子高に通っていますと、いろいろとうるさくてね」
半分は本当で、半分は嘘。門限は決められてはいるが、連絡さえすれば、両親は何も言わない。
「じゃあ、ね」
「ああ」
帰りはいつも車で送ってくれる。
「また連絡する」
「うん」
「アンジェ……」
軽い会話の後にいつもアリオスが暮れる優しい口づけ。触れるだけのもの。触れた…と言うくらいにしか感じられない。それも
彼にとっての挨拶なのだろう。初めて、それをされた時、ひどく驚いたら、『なんだよ、初めてかよ?』と、何気ない事のように
言われたのだ。ドキドキした自分がひどく悔しかった。
「じゃあ。お休みなさい」
「腹出して寝るなよ」
「しないわよ!」
それでも、冷静な振りをして、車を降りる。アンジェリークが家の中に入るまで、彼の車は離れることがない。彼の視線に守ら
れているようで、少しだけ幸せな時間。そんな自分に苦笑しつつ、アンジェリークは家に入っていった。
その背中を見送って、アリオスは煙草に手を伸ばそうとするが、アンジェリークが車の中に煙草の匂いがつくのを嫌うのを思い
出し、苦笑する。
「らしくねぇなぁ……」
ホストという職業から、誘いをかけてくる女性も多い。出会ってその場で一夜を共にすることも多かった自分が、十以上も年下の
少女にキス以上のことをしていないとは。自分らしくないとは思いながらも、少女を大切に思っているからでもある。門限に遅れる
ことで、彼女がアリオスと会うことを禁止されたら困る…そんな自分に苦笑はしつつも、悪い気はしない。彼女といる時間が何よりも
大切だから。
要はアンジェリークの気持ちの問題だ。いくらアリオスでも、好きでもない相手にキスしたいと思わない。
触れるだけのキスですませるのも、これなら彼女が拒まないからだ。初めてのキスの時に慣れていないのに気付いて。少女が自分を
受け入れられるまで、待つつもりだ。
相手の距離を計りかねて、近付けない。そんな恋愛など、面倒だと思っていた頃の自分が見たら、滑稽な話だ。だが、今の自分を
気に入っていることも認めてもいる。
(ま、どこまで我慢が効くかな……)
まだ、本当の恋人にはなりきれていない二人。踏み出す一歩はまだどちらからも出さないまま。
このかけひきはしばらく続くことになりそうである。
アリオス限定キリ番26514番を踏まれた、さくら様からのリクエスト、「ホストのアリオスと女子高生のアンジェ」です。
恋人になりきれていない、二人な話になってしまいました。
< 贈り物の部屋 >