Pray snow


 フワリ…と、窓の外を舞うものに気づき、アンジェリークは外を見つめる。空はグレー。そして、降る雪は限りなく
白い。
「……聖地って、気候が一定に保たれてるんじゃなかったっけ?」
 そう守護聖の誰かが言っていたのを思い出す。が、現実には雪が降っていて。
「陛下からのプレゼントかしら」
 暦の上では年末年始生まれの人が固まっているらしく、お祝いのパーティーをするからと、メルとティムカが持って
きてくれた招待状。あの素敵な女王なら、それくらいはしてくれる気がする。
「綺麗……」
 手元の資料を片づけ、窓辺による。女王試験も終盤にさしかかってきている。同じ女王候補のレイチェルとどちらが
女王になってもおかしくない状態。
『どちらが女王になっても、友達でいようね』
 そう強い約束で結ばれた中にまでなっていて。
「どちらが女王になっても…か……」
 呟いて、軽くため息。別に女王になるのが嫌ではない。嫌だったら、最初からきっぱりと断っている。
 宇宙を育成して行くことは当然ながら難しい。けれど、命を育むということは、やりがいもあって。協力してくれる
守護聖や教官も個性的で魅力ある人々だ。
(でも、このまま恋もせずに女王か……)
 女子高育ちではあるが、ボーイフレンドがいなかったわけではない。聖地に来てからも、時折、守護聖や教官と
出歩いたりはしたけれど。それが“恋”には結びつかなくて。
(今時、運命なんて流行らないけど……)
 出会うべき相手には運命を感じる…そう言うと、友人には飽きられてしまう。でも、聖獣アルフォンシアに出会った
時も確かに、出会うべき相手だと確信したのだ。
(森の湖に行ってみようか……)
 思い立ったら、すぐ行動が信条の少女は手早く厚着の上着を羽織ると、雪が降る外に駆け出して行った。

「雪か……」
 軽鎧に長剣を携えた青年は空から降り下りてくるものに気づき、顔を上げる。
「聖地とやらの気候は安定していると聞いていたが……」
 呟いて、頭を降る。
「どうでもいいこと…だな」
 今はまだ時ではない…と、踵を返そうとすると、不意に柔らかな風が彼に吹きつける。
「……?」
 どこか誘うような風。どうでもいいこと…と、なぜか彼には切り捨てることができなくて。
「何だ……?」
 不可解な柄に、彼は風に導かれるままに歩みを進めた。
 導かれるままに森の中に入ってゆく。しばらく歩くと、広い湖にさしかかった。湖の近くには小さな多岐。そこには
滝に祈る少女の姿。今は夕暮れ時であり、空は曇っていて、少女の顔までは確認できなかったが。
「何をしているんだ……?」
 こんな雪の降る中で祈る少女が不思議で、思わず声をかけると、少女は驚いたように顔を上げた。

(この滝に祈りを捧げると、心に思う人が現われるのよね……)
 才色兼備の女王補佐官に教えられた言い伝え。今は心に思う人はいない。だが、今でなく、将来に心に思うかも
知れない相手が来るかも…などと考えて。まだ見ぬ…まだ出会っていないかも知れない誰かを思って。
(まさか、本当に……)
 混乱しつつ、チラリと相手を見る。薄暗くて、姿ははっきりは見えない。剣士風の長身の男性と言うことくらい。
「しゃべれねえのか?」
「う、ううん。話せます。ごめんなさい、驚いちゃって」
「邪魔したのなら、悪かったな」
 そう言って、立ち去ろうとする彼にアンジェリークは慌てて声をかける。
「あ、待って! あなた、聖地の人じゃないの?」
「ああ、野暮用でな。ここに立ち寄っただけだ」
「そうなんですか……」
 ほっと溜め息を吐く。それなら、自分のことも知らないし、この湖の伝説を知らないのも当然だろう。
「何だよ、ここに何かあるのか?」
「え……」
「おまえさんの言い方じゃ、ここに何かあるみたいだろ?」
 少しからかうような口調に感じるのは、少女の気のせいではないような気がする。
「あの…この滝に祈ると、心に思う人が現われるって伝説があるんです。だから……」
「それが俺…だと? 言っとくが、俺はここに来たのは初めてなんだぜ」
「そうですよね……。でも、これから出会うかも知れないじゃないですか」
 思いがけない少女の言葉に彼は一瞬だけ息を呑む。そして、ぷっと噴き出す。
「ひどい、笑うだなんて……」
「悪いな。俺は正直なんでな……」
「フォローになってないです」
 ムキになる様子がおかしくて、ついついからかってしまう。
「でも、そうだとしても多分、無理かもね。お兄さんは通りすがりだし、私はもうすぐここを去るから」
 どこか諦めたような少女の口調。
「そうなのか?」
「うん。大事な用事がもうすぐ終わるの」
 試験が終わってしまえば、ここを去らなければならない。それが自分が元々いた世界であろうと、新宇宙であろう
と……。こんなことをしても何もならないと言うのはわかっているけれど。
「ごめんなさい。急いでたのよね。雪、降ってるし、早く戻らなきゃね……」
 いつしか、この湖の光景も白く染まっていて。身体もだいぶ冷えてきている。
「そうだな……」
 フワリ…彼のまとっているマントがアンジェリークに被せられる。
「あの……?」
「俺は鍛えているからな。森の入り口まで送ってやるよ」
 どうしてそんなことを言い出したのか、彼にも分からない。なぜだか、この少女ともう少し話していたい、そう思った
のだ。
 二人、森の入り口まで歩いてゆく。
「あの、用事は終わったの?」
「ん…ああ、まぁな……」
 どこか言葉を濁す彼をチラリと見上げる。暗い森の中で、表情は伺えない。ただ、暗い中にも目を引く、銀色の髪
だけが印象的で。
「さ、入り口だ。風邪ひかないうちに戻れよ」
「うん、ありがとう……」
 ポンと背中を押されて、前に出る。街灯がついている中で、雪が降る様子が、幻想的な雰囲気を出している。
「あ、あの……」
 振り返って、何かを言おうとするが、彼は背中を向けて歩いていて。振り返らない。
(マントのお礼、言いそびれちゃった……)
 軽く溜め息を吐いて、アンジェリークは寮への道を急ぐ。まだ、身体に残る彼の暖かさを逃さぬように……。

「面白い娘だったな……」
 心が和む、そんな感覚は青年には久々のこと。
「だが、我にはいらぬ感情だな……」
 その言葉とともに夜目にも鮮やかな銀色の髪は闇よりも深き漆黒となる。
「また、訪れるさ……。その時は……」
 昏い笑みを残し、青年は姿を消す。彼の気配を消すかのように、雪は降り続けている。


 そして、時は来る。
 奇跡のように雪が降った日の不思議な出会い。それは、やがて、不思議な導きとなる。

 そして、二人は巡り会う……。

アリオス限定キリ番6262番を踏まれたKEY様に送った作品です。「女王候補時代に出会ったアリオスとアンジェ」です。
「White Dream」の設定使いました。今、梅雨だろ、私……。

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