ONE GAME
ざわざわと騒がしい食堂のテーブルで、いつのまにか一グループになっているいつものメンバーと、将は大
好きなサッカーの話に興じていた。
なによりも大好きな話題に、話は盛り上がっている。
武蔵森のGKである渋沢の話に、にこにこと笑いながら頷いている将の肩を、ポン、と誰かが気軽に叩いた。
親しげに肩を叩かれた将は、誰だろうと背後を振り仰ぐ。
「椎名さん!」
将の呼んだ名前に反応して、渋沢をはじめ、そのテーブルにいた全員が将の背後に視線を向けた。
ぱぁぁっと嬉しそうに笑顔を向けた将と対照的に、椎名翼は不満そうなに眉を寄せて、将を心持ち見下ろす。
「翼! まったく、何度言ったら覚えるんだよ、おまえは……。翼でいいって言っただろー?」
あきれた口調で言って、翼は隣のテーブルから椅子を引き寄せ、将のとなりに座って言葉をつぐ。
「いいか、つ・ば・さ。翼だからな! 今度名前呼ばなかったら、ペナルティー課すからな?!」
「ええ?!」
「それが嫌だったら、早く馴れろよ?」
にっこり、子悪魔的な笑顔を浮かべて、翼は将の顔をのぞき込んだ。
「椎名」
将の隣に座っている水野が、警戒した声も露に翼に声をかけた。
楽しげな顔をしたまま、翼は水野に顔を向ける。
「なんだよ?」
挑発的な笑みを無視して、水野は口を開いた。
「用があるんじゃないのか?」
言外に、さっさと用件を済ませて立ち去ってしまえ、とそう言っているらしい水野に、翼は小さく笑う。
(判りやすい連中)
風祭将という、特にどうという魅力があるわけじゃない、平凡な、けれど特別といえる存在に夢中になっている
連中。
練習時間以外は、まるで取り巻きのように将にくっついている。
それが将と特に親しい自分たちの特権であるかのように。
翼を見つめている視線の持ち主たちをざっと見回して、翼は「ふふん」と鼻で小さく笑った。
「ああ、そうだった。用があって、探してたんだよな。将のこと」
翼はさらりと将のファースとネームを口にした。その途端、その場が殺気立つ。
不穏な空気が立ち込める中、その空気に気づかない将はきょとんと首を傾げて翼を見つめた。
「僕に用……って? 翼さん?」
「練習が終わった後、ちょっとつきあえ」
「え……っと?」
「特別授業。俺が教えてやる」
「椎名さん……じゃなくて、翼さんが? 僕に?」
どうして? 不思議そうに目を瞬かせて、将はさらに首を傾げた。
翼の言っていることが、いまいちピンとこないらしい。
「そんなの俺が将のこと気に入ってるからに決まってるだろ」
にこにこと笑ってさらりと言う。
「はぁ?」
判るような、判らないかのような翼の言葉に、将は曖昧な笑顔を返すしかない。
首を傾げている将からちらりと視線を転じ、呆然と翼を凝視している連中を眺める。
渋沢も藤代も、水野や不破、天城までもが顔を引きつらせているのにくすっと笑った。
予想外の敵の出現に混乱している様子が、面白いな、と翼は笑みを隠しきれなかった。
「将、さっさと部屋に帰るなよ?」
「あ、はい!」
素直に頷いた将に満足そうに頷いて、立ち上がる。その場を離れようとして、翼はふと足を止めた。
くるりと、もう一度将を振り返る。
にこやかな笑顔を浮かべたまま、翼は口を開いた。
「そうだ、将。不可侵条約って言ってるか?」
「え……? えっと、あの、翼さん?」
不可解な質問に将はあたふたする。
「いきなり……社会の授業……ですか?」
「バカ?」
頓珍漢な答えに翼はどっと脱力した。
「そうじゃなくて! アイドル不可侵条約みたいなのがこの合宿にあるって、知ってたか?」
「知りませんけど……あるんですか、そんなのが?」
将は困った顔で翼を見つめる。
翼の言いたいことが全然わからないのだ。
「あるんだよ、そーゆーのがさ。でもそれはごく一部の限られたやつらの間の約束事で、俺には関係ない」
「はい……」
将の疑問はますます深まる。
いったい翼は何を言いたいのだろうか? アイドル?
「ペナルティー」
「は?」
繋がらない。
アイドル不可侵条約とペナルティーと、いったいどんな関係があるのだろうか。それにアイドルって誰?
本気で考え込んだ将に翼は苦笑した。
このバカみたいに素直なところが、実に楽しい。
「言っただろ、名前呼ばなかったらペナルティーって」
そう言いながら翼は将の頬に口づけた。
「へ? えっ、つ……翼さん?」
いきなりのことに将はパニックに陥っている。
顔を真赤にして、ぱくぱくと酸欠の金魚みたいに口を開けている。
そんな将を余裕の表情で見つめながら、翼は言った。
「傍にいて、お友達ごっこなんてつまんないからな」
「何なんですか、もう!」
「傍にいるだけの特権で満足なんて、普通できないだろ? 意思表示はちゃんとしないとな」
「翼さん?」
どうやら自分に向かって話をしているわけじゃなさそうだ。そう気づいた将は怪訝そうに翼を見る。
「もらうからな」
宣言して、翼はにっこりと笑った。
「俺には不可侵条約なんて関係ないからな。あんたたちは勝手に牽制しあっててくれよ。そのほうが俺には
都合もいいしさ」
言いたいことだけ言って、翼はその場を立ち去った。
後に残されたのは首を傾げたままの将と、怒りに顔を引きつらせている面々。
「え…っと?」
顔を赤く染めたまま振り返った将は、どんよりと思い空気に目を瞬かせた。
「みんな……? どうしちゃった…の?」
顔を引きつらせて、ぐるりと見回す将に、平坦な声をかけたのは渋沢。
「風祭、嫌じゃなかったのか?」
「え、なにがですか?」
「なにがって……」
不思議そうに問いかける将に、渋沢は言葉に詰まる。
言え、と言うのだろうか? 口にしろと言うのだろうか。椎名に−−。
「口づけられて平気だったのか?」
ストレートな問いを無感情に口にしたのは、不和。
言いたくないことを口にしなくて住んだことに安堵しつつも、渋沢はさっきの情景を思い出してむっとした。
「あっ!」
思い出して、将は瞬時に顔を赤くした。
「もう、翼さん冗談が過ぎますよね。びっくりした」
口づけられた頬を押さえながら、将は困惑した笑みを浮かべる。
「………平気だったのか………」
否定しなかった将に水野がもう一度問いかけるように言ったが、
「将! 練習始まるぞ」
翼の呼ぶ声に「あ、はい」あわてて返事をして、将はばたばたと翼の元へ走っていってしまう。
−−その場の空気は、更に重くなってしまった。
「翼さん! 合宿終わっても、たまにサッカー教えてくださいねっ」
無邪気な笑顔で言った将に、翼は優しく目を緩めて笑った。
まどかさんにFAXしていただいたものを載せる許可を戴きました。翼×将〜♪ 翼くん、素敵〜。
ありがとう。このお礼はまた、体で…はいらんだろうから、何か書くね♪
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