MY ROMANTIC

 出会ったのは、2年前。
 もっとも、その時はただ見かける程度のものだったけれど。
 抑えられた照明を受けて輝く銀の髪が、とても綺麗だった。
 キューを自在に操る長い指が、すごく素敵だった。
 ボールを見つめる真剣な翡翠の眼差しから、目が離せなかった。

 たぶん、一瞬で恋に落ちていた。



 アンティーク調の時計が刻む時間は午前3時。
明日―――正確に言えば今日は日曜日。
この日夜更かしするのは、すでにアンジェリークの日課になっていた。
なぜなら、年上の恋人と唯一まともに一緒にいられる時間だから。
カウンター席に座り、頬杖をついたアンジェリークはゆらゆらと視線を周囲にさ迷わせた。
落ちついた雰囲気の内装の店内にあるものは、3個ほどのテーブルと、それ以上に置かれたルーレットやカードゲームの為の
テーブル。―――それから、ビリヤード台。

ここは超高級ホテルの最上階に位置するカジノバーである。
本来なら一般市民である彼女など、ドアをくぐる事さえ憚られるような場所。
そんな少女が堂々とここにいられるのにはそれなりの理由があるのだが、そのうちのひとつが、恋人である青年の存在だった。

もうとっくに閉店を迎えている店内は静まり返っていて、アンジェリークは何とはなしに窓の外に視線を向ける。
最上階と言うだけあって、さすがに夜景は一見の価値があるものだった。
だが、一人で見たところで結局何の意味もない。
こう言うものは二人で見てこそ価値があるのだから。
「…アリオス、まだかなー」
 心許なさに、恋人の名前を呟く。
 と。
「アンジェリーク」
 カウンターの奥から名前を呼ばれる。
 弾かれたように顔を上げ、アンジェリークは銀の髪の青年の姿を見とめると嬉しそうに顔を綻ばせた。
「アリオス!」
 立ちあがり、ぱたぱたと青年に駆け寄っていく。
「終わったの?」
「あらかたな」
 青年は小さく笑って年の離れた恋人の頭をクシャリと撫でた。
「もうっ、ちゃんとセットして来たのに!」
「どうせすぐに寝乱れるだろ」

 言われた言葉を理解するのに数秒を要した。
 理解した途端、アンジェリークはこれでもかと言うほど顔を真っ赤にさせる。
 さながら、絵の具を塗りたくったかのように。
「アリオスのバカっっ」
 羞恥に叫ぶ少女に、アリオスは喉の奥で笑いながらひらひらと手を振った。
 そのまま、彼は店の一角においてあるビリヤード台へと近づいていく。
 仕事の最後にこのビリヤード台で1プレイする事が、彼の日課だった。
 それを知っているアンジェリークは、青年の後姿に穏やかに微笑んで、そのあとを着いていった。

 ―――ビリヤードは恋と似ている。
 運と、勝負の駆け引きと、それから直感と。
 似ていないことは、ビリヤードはそこにテクニックが入ってくること。
 恋はテクニックなどあってもまったく役に立たない。
 特に、本気の恋は。




 つくづく、かっこいいなと思う。
 キューを持つ手つきとか、ボールを追いかける真剣な目とか。
 普段の彼が滅多に見せないものだけに、すごく惹きつけられる。

 固いものどうしがぶつかる高い音に、アンジェリークははたと我に返った。
 どうやらアリオスの姿に見とれてしまっていたらしい。
 不覚である。
 何となく気恥ずかしいものを感じつつ、ビリヤード台へと視線を移した。
 直後、ボールどうしがぶつかって再び高い音を立てる。
 それは閉店後の静かな店内にどこか神聖に響き渡った。
彼が今やっているものは、ビリヤードのゲーム内でもオーソドックスなナインボール。
 1〜9のボールで順番にボールを落としていき、9番目の玉を入れた方が勝ち。ただし、手玉を落とすと負けになる。
 もっとも今は一人でやっているので、勝ち負けは関係ないのだが。
 次に次にボールがアンジェリークの視界から消えていき、最後に残った9番目のボールも軽い音とともにポケットに消える。
 そしてひとつだけ残った手玉が落ちる直前で、まるでそれ自体が意思を持っているかのようにぴたりと動きを止めた。
 それと同時に、周囲の時間が一瞬止まったかのような錯覚を受ける。
 アンジェリークは無意識に止めていた息をゆっくりと吐き出した。

「相変わらずすごいねー、アリオス」
「これくらいならある程度のやつなら大体出来るだろ」
 少女の漏らす感嘆の溜息に、アリオスはふっと肩を竦めた。
「そんなことないよ、確かにかっこいいって思う人はたくさんいるけど、見惚れるのはアリオスだけだもん」
「………」
 妙に力強く断言するアンジェリークに、青年はキューを片付けていた手を一瞬止め、それからくつくつと可笑しそうに笑い
出した。

「大胆な発言だな、おい」
「……え」
 振り向いたアリオスの翡翠の双眸に何となくよくないものを感じ取り、アンジェリークは一歩あとずさった。
 近づいてくるアリオスは普通に歩いているだけであるにもかかわらず、何となく獲物を追い詰める肉食獣のように思えて
しまう。


 そのまま、彼はビリヤード台まで追い詰めた少女が逃げない様にその両脇に手をついた。
 おろおろとした海色の瞳が見上げてくるのに、深く笑う。
「で、何に見惚れるって?」
 有無を言わさないその口調にアンジェリークはしどろもどろになりながら答えた。
 ここで逆らおうモノなら何をされるか分かったものではない。
「えと…、あの、アリオスに…」
「何の俺に?」
「ビリヤードやってるときの……」
 答えたとたん、ぐっとアリオスの顔が近づいて来た。
 唇は触れないが、互いの吐き出す吐息が触れる距離。
 心臓の鼓動が早くなる。
「それだけ、か?」
「あの……」
 いたずらっ子の様に輝く瞳に言葉が詰まった。
 アリオスが何を言わそうとしているかなど、安易に想像がつく。
 けれど、それを声として紡ぐにはやっぱり恥ずかしくて。
 アンジェリークはなにもない空間に視線を泳がせた。
 だが、どうもアリオスは許してくれそうな気配がない。

 ―――こんなトコは子供なんだからっ!

 胸中で悪態をつくも、少女は口を開いた。
 子供な彼に逆らえない自分も、きっと子供なんだろうと思いながら。

「…アリオスに、全部」
 青年は笑った。
 普段の皮肉な笑顔とは違う、無邪気な笑顔で。
「よく言えました」
 間を置かず、口づけられた。




「…んんっ」
 浅く深く口づけられて、息が上がる。
 時に啄ばむように、時に深遠を探るように。
 うますぎるキスははっきり言って反則だと思う。
 どんな時も、どんな強引な我侭も許してしまえそうになる。
「アンジェ」
 名前を呼ばれる。
 甘い声に酔いしれる。
 再び降りてきた唇に思考を奪われていた彼女は、青年の手が肩に置かれた事に気づかなかった。
 ―――気づいたときには、時すでに遅し。
 完全にビリヤード台の上に押さえつけられていた。

「…ちょっ…、アリオス…ッッ!!」
 首筋に押し付けられた唇の感触に、アンジェリークは慌てて待ったをかけた。
「どうかしたか?」
その声に一向に構うことなく、それどころか空いている方の手でスカートをたくし上げながら、平然とアリオスがたずねて
くる。

伝わる声の振動にひくんっと身体を震えさせた少女は、それでも青年の腕から逃れようと身を捩った。
「どうかしたかじゃなくてっ…、こんなトコで…っっ」
 顔を真っ赤にさせて暴れるも、男と女の力の差には到底敵うはずもない。
 だがいくらなんでもこんな所で、という思いの方が勝る。
 閉店後とは言え店内である。
 誰かが来ないとも限らない。
 それに確か―――鍵はかけられていなかったはずだ。
 暴れるな、という方がどだい無理な話である。
 しかしアリオスはそんなアンジェリークの心の悲鳴が聞こえているかのように、あっさりと言った。
「誰もこねぇよ」
「そう言う問題じゃ……っっ」
「黙ってろ」
 それ以上の言葉は、押し付けられた唇に奪われてしまう。
 すべてを強引にねじ伏せようとするその唇に初めは抵抗を試みていたアンジェリークだったが、結局、その細い腕を
アリオスの
背へと回し、縋りつく様に抱きしめた。

 離れた口づけの合間に、熱い吐息を漏らす。
 快楽に走り始めた身体を自覚しながら、少女は青年を見上げた。
 面白そうに笑うアリオスを、潤んだ瞳で精一杯睨みつける。
「―――アリオスのケダモノッッ」
「そのケダモノにホレてんのはドコのダレだよ」
 笑みを含んだ声で言われてしまえば、言い返す言葉がない。
「……知らないっっ…」
 悔し紛れに呟いて、ふいっとそっぽを向く。
 アリオスは少女の様子に肩を揺らせて笑うと、もう一度その白い首筋に顔を埋めた。




 胸の頂きに軽く歯を立てられて、思わず声が洩れる。
 アリオスに触れられるたびに全身に走る甘い痺れは、彼女の思考をほぼ完全にストップさせていた。
 もう、与えられる刺激に身体を震わせるくらいしか出来ない。
「…あぁっ」
 首筋を軽く吸い上げると、熱に浮かされたような声が上がる。
 その声に促される様に顔を上げると、艶やかな少女の狂態が青年の翡翠の双眸に映り、アリオスは目を細めた。
 いつもは意志の強い海色の瞳も、今に限っては快楽に煙り、彼の支配欲を煽った。
 半分だけ脱がされ、腕に引っかかったままのブラウスも、白い肌に咲いたいくつもの赤い花も、しっとりと湿った柔らかな
唇も。

 そのすべてが彼の独占欲をそそる。
「…アリ、オス……?」
 途切れ途切れの小さな声が、子供のように縋ってくるのに喉の奥で笑う。
「おまえってホント…」
 細い腕を首にまわさせ、華奢な身体を抱きしめた。
 自由な手で滑らかな素肌をたどる。
「飽きさせねぇよなぁ」
 指先は胸を通り、脇腹を通り、脛を割って、内股を這う。
 そしてたどり着いたその先に、彼は満足そうに笑みを零した。
「…随分感じてるみたいだな、アンジェリーク?」
「んぁ…っ、い、やぁ…、おねが…っ、言っちゃやだっっ…」
 恥ずかしさに首を振る少女に、アリオスはさらに笑みを深めた。
 羞恥に震えるその様がどれほど自分の嗜虐心を煽っているか、少女はカケラも気づいてはいない。
 そして、それを気づかせてやるつもりもない。

 蜜に濡れたそこをついっとなぞると、アンジェリークはぐんと背を反らせて甘い悲鳴を上げた。
 アリオスはそのまま、指を沈み込ませる。
「…は、ぁんっ、ああっ……」
 幾度か指を出し入れすれば、すぐに新たな蜜が溢れ出してくる。
 絡みつく熱い内壁を擦りあげ、少女の感じる場所を引っ掻く。
 おもしろいように感じる少女の姿が、とても綺麗だった。

 唐突にぐっと脚を開かされ、アンジェリークは息を詰める。
 下肢に触れる生暖かく柔らかな感触に、一瞬思考が止まった。
 聞こえてくる粘った水音にさらに羞恥を煽られ、ただでさえ熱い身体に、また熱がこもる。
「やだぁ、アリオ…んんっ、アリオス…っっ」
 逃げる様に両手を銀の髪に絡ませ、ぐっと突っ張る。
 けれど力の抜けた身体ではどうすることも出来ず、されるがままに、自分のもっとも恥ずかしい場所で、別の生き物の様に
這い回る舌の感触を感じているしかなかった。

 そして、その奥にある蕾に軽く歯を立てられた瞬間、アンジェリークはあっさりと意識を手放した。




 息苦しさにゆっくりと瞼を持ち上げる。
 飛び込んで来たのは銀色。
 青年の髪の色。
 長く、深い口づけにアンジェリークの中で再び欲望の火が灯る。
 彼の、その熱さがほしかった。
「…っぁ、アリ、オス…っ、もう……っっ」
 近づいてくる限界に、アンジェリークはそれを与えてくれるただ一人の青年に、熱く潤んだ声で訴えた。
 対し、アリオスはこんな時でさえそのポーカーフェイスを崩さず、唇を笑みの形に歪める。
「何がもう、なんだ、アンジェリーク?」
「…いじわる…っ」
 分かっているにもかかわらず涼しい顔で尋ねてくる彼に、アンジェリークは怨みがましげに声をあげた。
「分かってる、くせにっっ…」
「さぁな。ちゃんと言葉にしろよ。おまえの望むとおりにしてやるぜ」
 綺麗な悪魔が目の前で笑っている。
「お願い…っ、欲しいの…」
「それじゃわかんねぇ。もっとはっきり言えよ」
 一瞬、少女は泣きそうに顔を歪めた。
 これを言うだけでも勇気がいったのに、それ以上のことを言えというのか。この男は。
 それでも快楽を求める身体に勝つことは出来ずに。
 少女は青年の首に腕を回した。

 迷いや羞恥はどれほどあったのだろう。
 結局、勝てるわけがないのだ。
 この男に、勝てるわけがない。
 彼という存在を知って、もう2年。
 互いの名前を覚えるまで、そこから1年と6ヶ月。
 いわゆる恋人と言う関係になってまだ2ヶ月。
 それなのに、こんなに溺れている。
 その声に。
 その指先に。
 その熱さに。
 死んでしまいそうなくらい、溺れている。

 それでもまだはっきりと口に出す躊躇いから、彼の耳元に小さく囁いた。
 紡がれるお願いに、彼は優しく微笑む。
「了解」
 ご褒美にと送られた口づけは、まるでマシュマロのようだった。
 
 

 幾度となく送りこまれる快楽に、少女は艶やかな嬌声を上げる。
 ようやく与えられたものはとても熱くてやけどしそうになる。
 目を開ければ、アリオスのはだけたシャツの胸元がうっすらと上気しているのが見て取れ、アンジェリークは嬉しくなった。
 それを伝えたくて、そこに頬を寄せ、そっと口づけた。
 そのまま、力の限り抱きしめる。
「アンジェ」
 呼ばれ、顔を上げる。
 見つめる翠の瞳が面白そうに輝いていた。
「おまえ、随分大胆になったな」
「…アリ、オス…?」
 答えはなかった。
 その代わりさらに深く抉られ、突き上げられる。
「あっ、はぁんっ、あぁあっっ」
 頭が真っ白になっていく。
 それに引き込まれるのが怖くて、何度もアリオスの名前を呼んだ。
 それしか、出来なかった。
「アリ、オ…、私、もう…っ」
「ああ」
 掠れた声が、彼女の望みを肯定する。
「ああ……っっ!」
 ―――訪れたその瞬間は、きっと、死んでしまいそうなくらい幸せなのだろうと思う。

「…は…」
 ぱたりと力が抜けて落ちた指の先で、最後に残っていたビリヤードのボールがこつんとぶつかった。
 それはころころと転がってアンジェリークの視界から消える。
 直後に響いた固い音を聞きながら、彼女はゆっくりと目を閉じた。



 ふっと視界が開けた。
 明るさを抑えた照明に、一瞬ここが何処か分からなくなる。
「え、と…?」
「起きたか?」
 すぐ横から突然聞こえてきた声に、アンジェリークはがばりと起き上がった。
「あ、アリオス…」
 銀髪の青年が笑っているのが視界に入り、アンジェリークはほっと肩を撫で下ろした。
 落ちついてよくよく見てみれば、自分が寝ていたのは店内のソファである。
 どうやら、気を失った自分をアリオスが運んでくれたらしい。
「あの、えと…?」
「そんなにたっちゃいないぜ、精々30分だな」
「あ、そうなんだ…って、何やってるの?」
 背にまわされたアリオスの腕に、アンジェリークは怪訝そうに声をあげた。
 彼は「ああ」と軽く頷き、あろう事か笑顔でとんでもない事を言ってのけた。
「いや。さっきのおまえがすっげぇ可愛かったからな。俺としてはあれだけじゃ満足できねぇんだ」
 言いながらアンジェリークをソファに押し倒す。
「ちょ、ちょっとちょっとちょっとぉぉぉぉっっ!!」
 蒼白になって叫んだところで、アリオスを止める事など出来るわけがない。
「諦めろって」
「ア、 アリオスのバカァァッッ」
「なんとでも」
 クッと笑ったアリオスに、アンジェリークはまたもや唇を塞がれた。



 結局、アンジェリークはそのまま頂かれてしまったらしい。



 静かな店内の中、少女の喘ぎと、時を知らせる時計の音だけが響いていた。

 空山樹さんからのいただきものです。ビリヤードって、本当にアリオスっぽいですよね。前の職場への通勤の通り道に
ビリヤード場があって、「アリオスに似合いそう〜」とか思ってたから。本当に、ありがとうございます〜。