Lovers Gradution
ショーウインドウに並ぶ、色とりどりのルージュに学校帰りのアンジェリークは足を止める。
(わぁ、綺麗な色……)
まだ高校生だから、大人びた色は似合わないけど。淡いピンクのそれなら、手に届きそうな気がする。それでも、精一杯の
背伸びなのだが。
「何やってんだ?」
ポン、と背中を叩かれて振り返る。声の主は彼女がよく知る人物。
「アリオス……」
隣の家の住人であり、幼馴染みでもある青年は仕事の途中なのか、スーツ姿。大学を卒業後、仲間たちと会社を興し、
今は経営も軌道に乗っており、将来有望な青年実業家と言ったところである。
「なんだよ。一人前にああいうのに憧れる年か? ついこの間まで、泥だらけの格好で俺の後をついて回っていたのに、
な」
からかうような口調は子供扱いをされているようで内心、アンジェリークは面白くない。つい、売り言葉に買い言葉で応じ
てしまう。
「何年前の話よって、言いたいところだけど。そういう言い方って、年を取った証拠よね」
「言ってくれるな。だがな、ムキになるとこがまだガキなんだよ」
そう言い切ると、ショーウインドウとアンジェリークを見比べる。
「ま、そんなお子様にはまだ早いってことだな」
アンジェリークをあやすように頭を撫でる。昔はとても好きだった。だが、今は彼との距離を感じるようで好きじゃない。
「じゃ、俺も回るところがあるからな。あんまり、寄り道すんなよ?」
「わかってるわよ」
ツンと拗ねた反応はアンジェリーク本人の自覚はともかく、とても可愛らしくアリオスには見える。満足そうに笑みを零すと、
アリオスはアンジェリークに背を向けて歩きだした。
「お仕事、頑張ってね」
慌てて声をかけると、アリオスは軽く振り返って、手を振ってくれる。アンジェリークが手を振り返すと、笑顔を見せて去って
いった。
(やっぱり、アリオスの言う通り、私、子供だわ……)
自分でも改めて自覚して、落ち込んでしまう。アリオスは11歳も年上で、その分、ずっと大人だ。生まれた頃から、ずっと
お隣りさんで。ずっとその背中を追いかけてきた。小さい頃から大好きで、それが恋に変わっても、その気持ちは変わらない。
多分、生まれた時から、アリオスのことが好きで、その気持ちは今も現在進行形のまま。
(あんなルージュが似合うまで、あとどのくらいかかるのかしら……)
真紅のルージュにはまだ手が届かない。大人の女性だけが似合うもの。アリオスの恋人だった女性たちの誰もが似合って
いた。 あと、どのくらい溜め息を吐けば、大人の女性に、アリオスに似合う女性になれるのか。恋する少女の悩みは尽きない。
「バカね〜、そんなことにヘコんでたら、オンナがすたるよ!」
学校の屋上でのランチタイムは少女たちの秘密会議の場でもある。
「アナタって、勝ち気なのに、こういうところでは、奥手だよね」
「だって……」
「“だって”じゃナイの! 言っとくけど、年齢差と幼馴染みっていうのは言い訳にならないよ☆ ワタシとエルンストも条件は一緒!」
キッパリと言い切られれば、反論などできるはずもない。親友であるレイチェルとその恋人であるエルンストは年齢差がアリオスとアンジェリークと同じ11歳。互いの両親が研究者で、二人の頭脳が明晰だったため、その研究所に幼い頃から出入りしていた、
ある意味、幼馴染み同士。
研究以外のことにはほとんど関心を示さないエルンストを振り向かせるためにレイチェルが必死に頑張っていたのを知っている。
「そりゃ、エルンストと違って、アリオスさんは色々と女性関係の噂があるかもしれないけど、それに負けちゃ駄目だよ」
言われなくても、わかってはいる。だが、理屈でわかっていても、それを行動に移すのは難しい。
「とりあえず、さ。放課後にでも、アナタが気にいったルージュを買いに行ってみようよ。バイト代入ったとこでしょ?」
「う、うん……」
「じゃ、決定! ルージュの一本でオンナは綺麗に変身できるってトコ見せよう!」
少し、と言うより、かなり強引にレイチェルに頷かされてしまう。だが、そういうのもいいかもしれない、とも考えてしまう。キレイに
なりたいと願わない、好きな人に綺麗と思われたくない女の子はいないのだから。
放課後二人して、ショーウインドウを覗き込む。
「あの色なのよ」
「イイんじゃない? 絶対、可愛いよ」
二人して、そんな会話をしていると、一人の少年が近付いてくる。
「おい、おめーら」
「あれ、ゼフェル?」
話しかけてきたのは同じクラスの男子生徒、ゼフェル。
「おめーら、この店で買い物か?」
「うん。ワタシとアンジェのラブラブデートだから、邪魔しないでよ」
「誰がするか……」
呆れた口調うそぶくゼフェルであるがレイチェルには大きな切り札があった。
「そうだよね、ゼフェルはもう一人のアンジェとラブラブだもんね」
「な……!」
してやったりと、笑うレイチェル。違うクラスにいるアンジェリーク・リモージュとゼフェルはつきあっている。乱暴な物言いしかしない
ゼフェルとフワフワした印象が強い二人の交際は意外にもうまくいっていた。
「ゼフェルったら、真っ赤〜」
他人の恋路はからかうと面白い。特にゼフェルのようなタイプは、である。
「だめよ、レイチェルからかったりしたら……」
「悪いな、コレット……」
ゼフェルはアンジェリークをファーストネームでは決して呼ばない。彼にとっての天使はただ一人だと言うように。
「で、結局は何の用なの?」
ようやく話が元に戻る。
「あ、そのよ……」
どこか歯切れが悪く、言いにくそうな表情。アンジェリークとレイチェルは首を傾げる。
「オトコらしくないなぁ。とっとと言いなさい!」
レイチェルに詰め寄られ、ようやくゼフェルは口を開いた。
「あのルージュを買ってきてほしいんだよ……」
ボソッと言われたその言葉に一瞬、固まってしまう。どう考えても結び付かない。敢えて結び付けるとしたら……。
「「あ!」」
二人同時に声を上げる。よく考えたら、答えは最初から、一つしかない。
「リモージュになんだ〜」
「わ、悪いかよ!」
簡単に言い当てられて、半ば逆ギレ寸前である。
「しょーがねーだろ。もうすぐ、あいつの誕生日だし。いつも手作らのメカばっかやるのもなんだし」
「結局、ラブラブじゃない」
大袈裟に肩を竦めるレイチェルにつられ、アンジェリークもクスクス笑う。
「リモージュ、きっと喜ぶよ。大好きな人からのプレゼントだもん」
フォローもちゃんと忘れない。
「お、おう」
ショーウインドウに再び視線を向ける。
「あの色を買ってほしいんだ」
ゼフェルが指差したのはパールピンクを少し濃くした感じの色。アンジェリークが欲しいと思った色よりも、色は濃い。
「分かったわ。待っててね」
お金だけを受け取って、レイチェルと二人、店内に入ってゆく。ゼフェルに頼まれたものはリボンをつけてもらって、可愛く包装
して貰った。
「はい、買ってきたわよ」
「サンキュー」
大切そうにルージュをしまうゼフェル。
「でも、何でその色? 彼女なら、この色の方がイメージじゃない?」
自分の買ったほうのルージュを出して見せるアンジェリークにゼフェルは首を振る。
「俺があいつに似合うのはこっちだと思ったんだよ」
きっぱりと言い切るゼフェル。なんとなく羨ましくなる。そんな風に思って、贈ってあげられる恋人はなんて素敵なのだろう。
「悪かったな。なんか奢るぜ」
「いいよ、今日は。今度の土曜日が過ぎたら、いつでも良いから」
今度の土曜日が彼女の誕生日。放課後、誕生日デートをするだろう相手に今は無駄遣いをさせるわけにはいかない。
「そうか? じゃ、サンキューな」
どこか照れくさそうに去ってゆくゼフェルを見送る。
「いいなぁ。ワタシもエルンストにおねだりしようかな……。ワタシに似合う色を選んでってね」
「そうだね」
思わず、ため息が出てしまう。
「アンジェも負けられないね!」
「うん」
恋する少女も少年も。いつも一生懸命。負けてはいられない。自分のルージュを大切そうに見つめるアンジェリークであった。
土曜日の放課後。帰宅したアンジェリークは着替えると、買ったルージュを塗ってみる。淡いピンクのそれはとても愛らしく、
唇に映える。少し、大人になった気分。
(似合うって言ってくれるかな……)
心臓が早鐘を打っている。不安と期待が混じっていて。
手作りのマフィンをカバンにつめて、アンジェリークは家を出る。時々、アリオスの職場に差し入れを持っていったり、忙しい
時期はバイトとして手伝ったり。勝手はかなり知っているけれど。今日は初めてのようにドキドキしている。
「こんにちは〜」
「おー、いらっしゃい〜」
「これ、皆さんで食べてくださいね」
マフィンの入った袋を差し出すと、アンジェリークはきょろきょろとアリオスを探す。
「ああ。今日は外回りに行ってますよ」
「そうですか……」
アリオスがいないことが残念だけど、どこかほっとしている。
「お化粧なさってるんですか? よく似合ってますよ」
「あ、ありがとうございます……」
気づいてもらえて、ほめてもらうのは嬉しいけれど、アリオスでなけれは、意味がない。
「じゃ、私、帰ります」
「待たれないんですか?」
「いえ、いいんです」
なんとなく居辛いから。待ってはどうかという言葉を丁重に断って、アンジェリークは事務所を出ようとする。すると……。
「何だ、きてたのか?」
ちょうど、外回りから帰ってきたアリオスと鉢合わせになる。
「アリオス……」
ドキドキしながら、アリオスの顔を見つめる。アリオスは一瞬まじまじとアンジェリークの顔を見つめるが、すぐにフッと笑みを
もらす。
「妙に大人しい顔をしてると思ったら、お子様な色の唇のせいか」
「――!」
「マ、歳相応ってところか?」
いつもの用にからかう口調。だが、その言葉の一つ一つがナイフのように突き刺さる。アンジェリークにとっては精一杯の背
伸びなのに、やはり、彼にとっては子供に過ぎないという現実を今更のように突きつけられて、アンジェリークは唇を噛む。
(馬鹿みたい、私……)
ぎゅっと服のすそを掴む。そうでないと、泣いてしまいそうになる。
「アリオスの馬鹿……」
「アンジェ?」
泣きそうな顔をみられたくなくて、アンジェリークはうつむいたまま、出て行ってしまう。伸ばそうとした手は届かない。
「今の言葉はあんまりでしょう? あんなに似合っていたのに」
部下のたしなめるようなその言葉を聞かなかった振りをして、煙草に火をつける。似合わないわけがなかった。急に大人びた
印象。ルージュの1本であんなに印象が変わるとは思っていなかったのだ。
(俺のあとをついて回ってたのにな……)
はいはいを覚えた頃から、アリオスについて回った。アリオスの背中を追いかけて、歩けるようになったのねと、冗談交じりに
互いの両親が言い合って。必死についてくるその様子をずっとみてきた。
(ちゃんとオンナの顔してやがる……)
フッと、息をつくと、煙草の火を消す。そして、デスクの中から、小さな箱を取り出し、ポケットの中に入れる。
「悪い。早退するからな」
「は?」
事態を飲み込めない部下達を放っておいて、アリオスはとっとと事務所を出る。アンジェリークの行きそうな場所は知っている。
伊達に生まれた時から見守っていないのだ。早足で、アリオスはアンジェリークの後を追っていった。
河原で一人、膝を抱えるアンジェリーク。手にはルージュがしっかり握られている。少し、目が赤い。悔しくて、悲しくて。あんなに
ドキドキしていたのに、子供でしかない自分。
(こんなの、いらない……)
八つ当たりだとは分かっているし、ルージュには罪はない。だけど、やはり、感情の持って行き場がなくて、アンジェリークは川にルージュを投げようとした。
「馬鹿、川を汚すきかよ」
その声に身を竦める。
「何で来るの?」
今にも駆け出さんばかりのアンジェリークに内心で苦笑する。そうさせたのは、アリオスだから、仕方ないとは分かっているが。
「さっきは悪かったな。よく似合ってるぜ」
「子供に似合う色なんでしょ?」
すっかり拗ねてしまった口調。アリオスは何も言わず、アンジェリークに小箱を差し出す。箱は細長いもの。ちょうど、ルージュ
ぐらいの……。
「アリオス?」
「開けてみろよ?」
促されて、開けて見ると、予想通りにルージュが入っている。しかも、アンジェリークが買ったものと同じブランドである。
「あ……」
色は少し赤みが買ったピンク。アンジェリークが自分で選んだものよりも、大人びた色。
「これって……?」
ドキドキしながら、アリオスを見つめる。
「おまえがほしそうにしてたから、似合いそうな色を買ったんだよ。ちょっと早いと思って、渡しあぐねてたんだがな……」
ゆっくりとアリオスが近づいてくる。
「つけてくれよ」
「う、うん……」
ドキドキしながら、ルージュをつけてみる。鏡でみると、自分で買ったものよりもずっと大人びていて、自分じゃないみたいな
感じ。
「やっぱり、俺の選んだ方が似合ってる」
満足そうなアリオスの言葉にドキドキする。アリオスの目で選んだもの。似合う…という言葉がこんなに嬉しい。
「これから、ルージュは俺が買ってやるよ」
「アリオスが?」
まるで子供のように反芻する。
「ああ。おまえが深紅のルージュが似合うようになるまでな……」
「似合うようになるまで……」
その言葉の意味が分からない。似合うようになったら、どうするのか。
「似合うようになったら、俺の嫁さんにしてやるよ……」
「!!」
その言葉にアンジェリークは顔を上げる。
「だから、早く似合うくらいに綺麗になれよ?」
大きな瞳から涙をこぼしながら、アンジェリークは頷く。けれど、それは喜びの涙。ずっと追いかけ続けてきた人に手を伸ば
せば、届くと知った喜び。
「私、アリオスが好き……」
「バァカ。おまえが生まれた時から、それは当然の事だろ?」
けれど、口調とは裏腹に抱きしめる腕は優しくて、温かい。アンジェリークの顔をあげさせて、そっと唇を重ねる。優しい誓いの
口付け。
そうして、アンジェリークの手元には少しずつ色を濃くしていったルージュが集まってゆく。その色と共に綺麗になってゆくアンジェ
リーク。そして、彼の花嫁になる時のルージュは飛び切りの深紅だったという……。
36000番を踏まれたtinkさまからのリクエストです。ルージュの元ネタは昔読んだ少女漫画がもとネタです。
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