Long Honeymoon



 流されながら、生きている。根無し草のように。歳を取らないサキュバスとサキュバスの糧として生きるために時を止めた破邪の
瞳を持つ元ハンターの青年。人所にとどまれずに、ゆらり、ゆらリ。
 今日もまた、どこかの街をさまよいながら……。

「あの…どこかでお会いしたことがありませんか?」
「え?」
 買い物帰り、品の良さそうな老婦人に声を掛けられて、アンジェリークは立ち止まる。
「いえ……」
「あ、そうよね。ごめんなさい、貴方が私の昔の知り合いに似ていたものだから……」
「そうなんですか……」
 老婦人に対して、にこやかに応対しながらも、どこか強張った顔をするアンジェリーク。
「おい、どうした?」
「アリオス……」
 タイミングが良いのか悪いのか。現れた青年にアンジェリークは内心で溜息をつく。
「あら、素敵な恋人ね。大切な人がいるのはいいことよ」
「は、はぁ……」
「私の知っている貴女によく似た人は大切な者など必要ないと言ってたの。私は彼女の友達でいたかったのにね……」
「……」
「若い人には退屈な話ね。ごめんなさいね」
 そう言うと、老婦人は一礼して去ってゆく。ぼんやりとそれを見送るアンジェリーク。
「貸せよ、それ」
「え?」
 急に話かけられて、アンジェリークはハッとした顔になる。
「結構重いだろ?」
「あ、うん」
 生返事なままのアンジェリークから荷物を受け取ると、スタスタとアリオスは歩き出す。アンジェリークは黙ったままで後をついて
ゆく。複雑な空気を抱えたまま、二人は家路についた。

 アパートに戻ると、アンジェリークは無言で買ってきたものを整理し始める。その手を掴み、自分の方に向かせる。
「何?」
 問い掛けて来る表情は驚いてもいない。予測はしていたらしい。
「あのばあさんとはどういう関係だったんだ?」
「どういう関係だと思う?」
 クスリ、と笑って問い返す。勿論、こんなことでごまかせるとも思ってはいない。
「簡単な話だわ。昔、あたしがこの街にいた時に出会ったの。周囲に愛されていた彼女は同じように周囲に愛をばらまいた」
 アリオスの手を外し、アンジェリークは窓の外に視線を向ける。
「あたしはそれを受け取らなかった。彼女はひどく悲しんだ。そして、しばらくしてあたしは街を出た。ただ、それだけの話。面白くも
何ともないでしょ?」
 最後は半ばどうでもいいことのように。
「まさか、再会するなんてね……」
「記憶を消さなかったのか?」
「少ししかいなかったから消すほどのものじゃなかったの。まさか、あたしのことを覚えてるだなんて、思っていなかったわ。あたしの
ことを思い出にしちゃうなんてね……。どうして、人間って、歳ととってもどうでもいいことを覚えてるのかしら……」
 出会った頃、相手は少女の姿だったのに。今はもう孫もいそうなくらいの老女。何も変わらぬ自分自身。慣れていたとしても、やる
せない。
「古い街は嫌いよ。街の雰囲気は変わらないのに、人だけは変わって行くんだから」
 そう言い放つと、アンジェリークは窓の外から視線を外す。長い時を生きてきたからこその言葉。
「都会は違うか?」
「特に夜の街はね。一夜限りの快楽や夢、後には何も残らない。その方がずっといい」
 長い時を生きること、それは逆説として、時に取り残されること。一夜限りなら、自分を納得させられる。それは悲しいすり替えの
理論。
「あなただって、いつか後悔するわ」
 その言葉にアリオスは視線を鋭くする。
「冗談じゃねえ。何度言わせりゃ判る」
「きゃっ?!」
 半ば強引にアリオスの腕の中に閉じ込められる。
「俺はお前をずっと探して、求めてたんだ。ガキの頃に一度だけ出会っただけのオンナにな。そのオンナをようやく手に入れて、自分
だけのものにしたっていうのに、後悔する必要なんざないだろ?」
 アンジェリークは知らない。知ろうともしない。今、どれだけアリオスが満たされているのかを。時に取り残される以上に求めていた
オンナを自分だけのものに出来る喜びを。決して、悲劇ではないのだ。
「忘れないっても、肝心なことは忘れてるよな。いい加減、覚えてもらわねえとな」
「え?!」
 問答無用で抱き上げられたかと思うと、そのままベッドまで運ばれてしまう。
「ア、アリオス?!」
「どうせ、おまえの今日の食事はまだなんだし、この際、ついでに身体で覚えるのも一つの手だろ?」
 焦ったような瞳をして見上げてくるアンジェリークをその一言で切り捨てる。自分の時が過ぎる時間を止めたことなど、後悔するに
値しない。このオンナに縛られているのではない。自らの意思でいるの、それだけの価値があるオンナ、だ。
 ドサッと投げ捨てるようにベッドに寝かせると、そのまま覆いかぶさって、唇を奪う。
「ん……」
 どこをどうすれば、甘い声があがるのかはもう知り尽くしている。身体全体がアリオスを誘って止まない。
「あ、んゥ……」
 甘やかな身体を貧りながら、赤い刻印をいくつも散らしてよく。この身体が彼だけのものなのだ、と知らしめるかのように。
「は…やぁ、も……」
 人間を誘惑し、その精気を糧に生きる魔物であるはずなのに、いつまでも慣れようとしない。そんな仕種すらも本人の意識しない
場所で媚態と映る。甘い蜜で虫を誘う花のように、この身体はアリオスを誘ってやまない。
「ああ、俺も欲しい……」
 一つになる瞬間、たまらない恍惚感。貪っているはずなのに、いつしか溺れている。足りない、もっとと欲する心。それは誘惑。飽
きることなく。それは彼女の意思なのか本能なのか……。

 アンジェリークの“食事”後のけだるさの残る身体で、アリオスは傍らで眠るアンジェリークを見つめる。人間の生気を糧にする
はずなのに、何時までも慣れようとしない。そんなところが愛しくてならないのだが。
(ま、そんなところも楽しめるんだがな……)
 眠るアンジェリークの左手を取り、そっと口付ける。目が醒めたら、アンジェリークをつれて宝石店へ行くのだ。とわの誓いを刻む
リングを求めて。もちろん、そんなもので縛れるとは思わない。誓いのきっかけになればいい、それが認識。
(そしたら、これからの人生はハネムーンみたいなもんだろ?)
 長い時を一人で生きてきたからこそ、アンジェリークが味わった感情を理解する事はアリオスにはできない。だが、共に生きてゆくことで分かち合う事はできるのだ。夢の中にいる天使にそっと誓いのキスを落とした。


 アリオス限定キリ番を踏まれたアミ様からのリクエストです。この話の元ネタは”今日の1シーン”に5月頃書きましたし、同人誌にもなりました
”Midnight Angel”です。サキュバスのアンジェとハンターのアリオスの物語です。そういう行為でアンジェは食事を取る事になりますl。アリオスに
食べさせてもらってます。いつも、強引に(^_^;)。アリオスはアンジェに自分の生気を与えるために、自分の時間を止めた人です。そういう設定で、
この話は書きました。