言わない Good-bye Dear
波の音のリフレインが耳から離れない……。
その音は大切な人の心の中を垣間見た夜を思い出させるから。切なくて、眠れなくて、アンジェリークは夜の浜辺にきた。
仲間は旅の疲れで誰もが熟睡している。過酷になってゆく敵との戦いは、それまで頼りきっていた仲間だった青年の不在に
よって大きな負担となってきていた。だからこそ、こっそりと抜け出しても気づかれなかったのだが。
こんな夜に一人でいるのは危険だとわかっていても、一人でいたかった。波の音のリフレインがどうしても頭から離れない。
「今日は蒸し暑い夜ね…あの夜みたいに……」
彼女の知らない彼を垣間見たあの夜の日に、今日は余りにも似すぎていて。横顔の向こうに知らない彼の過去。彼を絡め
とって放さない思い出たち。心に染みてくるようだった。思い出の前では自分自身は無力なのだ…と、思い知らされた。
「アリオス……」
呟いて、無意識に空を見上げる。あの満月の日から少しばかり過ぎて。頭上の月は半分以上欠けている。誰かが言って
いた。けっして手の届かぬものを《月の水》と呼ぶと……。まさに、自分の今の思いもそうなのだろう。
もしも、もっと早く出会えていたら、こんなに苦しまなくても良かったのだろうか…彼を敵として、見ることが出来たのだろ
うか…そう考えてしまう自分に嫌気がさす。そんな考えなど、嫌いでで溜まらないはずなのに。けれど、今はこんなにも心が
弱くて。そのせいにしてしまう。
「何をしている……」
静かな声。忘れるはずのないテノール。ゆっくりとアンジェリークは振り返る。そこには闇を纏った青年の姿。もう、彼女の
知る剣士などどこにもいないとでもいうように。
「あの者たちも余裕だな。女王一人を歩かせて。よほど、警護に自身があるといえる」
「アリオス……」
「我はアリオスなどではない。この宇宙を支配するべく皇帝、レヴィアスだ」
言いきる言葉にアンジェリークは首を振る。
「お前は強い。我のことなど、忘れて戦えるはずだ」
「違う、私は私は強くなんかない……。あなたの知らない私だっているの……」
こぼれ落ちる涙はとめどなく。思わず、手を伸ばしかけて、青年は苦笑する。至高の宝玉とも呼ぶべき天使の涙を、汚れ
切った手で触れるなど、許されるはずがない。
意思の強さを現すかのような瞳は伏せられ、細い肩が震え、華奢な身体はさらに細く、頼りない印象を与える。青年すらも
知らなかった彼女の脆い部分。彼の前では自分を出していたのに。一番奥の、弱い部分はけっして曝け出さなかったのだ。
「泣くな……」
「だめ、もう…止まらない……」
曝け出した心は堰を切ったかのように溢れ出して。声を出さずに涙をこぼす。あまりにも無防備に姿。今、手を掛けたら、
この少女は簡単に命を落としてしまうだろう。だが、そんなことが出来たのなら、出来るのなら……。
「我になど会わぬほうが良かったのだ……」
矛盾した言葉、だ。出会いをしかけたのはレヴィアス自身だと言うのに。だが、アンジェリークはゆっくりと顔を上げる。涙に
濡れた瞳で、まっすぐに見つめてきて。
「私は会えたことを後悔していないわ……」
それはどこか誇らしげな表情。
「あなたと出会って、愛したことをどうして、後悔できるの……?」
躊躇いなく腕の中に飛び込んでくる。抱きしめかけて、手が止まる。けれど、振り払うことも出来なくて。そんな心の迷いを
察しているかのように、アンジェリークはレヴィアスの首に手を回す。必死に背伸びして、翡翠の瞳がそっと閉じられる。柔
らかな唇の温もりが宿る。
「アンジェ……」
「おやすみなさい、あなたもちゃんと休んでね……?」
フワリ…と、微笑むとアンジェリークはレヴィアスに背を向ける。ニ、三歩歩いて、ゆっくりと振り返って。手を振って。何も
言えず、出来ずにただそれを見送ることしか出来ない。もう、後には惹けない。けれど、この手にかけることすら出来ない。
波の音のリフレインだけが、二人の耳に響く。夜は静かに過ぎる。何事もなかったかのように……。ただ、二人に切なさだけ
を刻みこませて……。
32000番を踏まれた由宇様漢のリクエスト。レヴィアス・アンジェのシリアスです。切ない系しかかけませんね。この二人に関しては。
このタイトルの元ネタを知っていらしたのは、とても意外でした(爆)
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